この曲は、SKE48の17thシングル「コケティッシュ渋滞中」のカップリング曲です。
ロック調のダンスナンバーと言って良いのでしょう。

 

1番Aメロ

朽ちた天井の蛍光灯
切れてる
壁に現実と幻想の
フリッカー

朽ちた天井、切れた蛍光管、フリッカーを起こしてチカチカと点滅している蛍光灯。
後に続くBメロの歌詞にもありますように、廃れた工場内の様子が具体的に描かれています。
その情景が示しているのは、社会の(すさ)んだ現状、人々の不安定な心理状態なのではないでしょうか。

1番Bメロ

廃(すた)れてる工場は
何を今まで作っていたのか?
固まった機械油
染み付いた黒い涙

「工場」は何かを作り出す場所。
その何かを作り出す場所が(すた)れてしまったというのは、社会がまともに機能しなくなり、夢や希望も持てなくなってしまったということを暗示しているのではありませんかね。

 

そして、「固まった機械油」を「染み付いた黒い涙」と(たと)えていますけれども、これは、これまで積み重ねてきた苦労や辛抱(しんぼう)、あるいは挫折や後悔、そういったものの悲哀を表しているのでしょう。

1サビ

世界は
DIRTY DIRTY DIRTY DIRTY
DIRTY DIRTY DIRTY DIRTY
すべて 汚れてしまってる
DIRTY DIRTY DIRTY DIRTY
DIRTY DIRTY DIRTY DIRTY
真実さえも埋もれた
だけど僕たちは 諦めていられない
嘘に塗(まみ)れて生きて行くんだ
不愉快なくらい汚れてても
愛はそこにある

この世界は汚れきっている。
欺瞞(ぎまん)蔓延(はびこ)り、嘘や(だま)しや裏切りが横行している。
いったい何が真実なのかわからなくなってくる。
その救いがたい現実を受け入れて生きていかざるを得ないのならば、いっそのこと汚れにまみれて生き抜いてやる。
そう啖呵(たんか)を切っているわけですけれども、もはや開き直りと言いましょうかヤケクソと言いましょうか……。
綺麗事(きれいごと)だけでは生きていけないということなのでしょう。

 

ただ、そうは言っても決して諦めているわけではないのですよね。
汚れきった世界の中にも本物の「愛」はどこかにあるはず。
その「愛」は、こんな「DIRTY」な世界だからこそ、ひときわ尊い光を放っているのではないか。
逆説的な希望ではありますけれども、この主人公はそう考えているわけです。
ここでの「愛」とは、嘘で塗り固められた汚れた世界にあって尊きものということで、「真実」を意味しているのではありませんかね。

2番Aメロ

床にいくつもの足跡と
排水口
そばのパイプから漏れている
濁り水

1番の歌詞では汚れた世界を描いていましたけれども、2番の歌詞では汚れた自分を描いています。

 

工場の床に残されている足跡は、これまでの自分の歩みを表しているのでしょう。
その乱雑に付けられた足跡は、苦悩と後悔の痕跡ということなのかもしれませんね。

 

「パイプから漏れている 濁り水」というのは、自分の心から溢れ出したネガティブな感情を象徴しているのではないでしょうか。

2番Bメロ

夢見ると 同じだけ
つらい悲しみ 生み出してしまう
捨てられぬ廃棄物
置き去りの痛みと影

光が強ければ強いほど、その光によって生じる影も濃くなるというもの。
夢も大きければ大きいほど、その夢に破れたときの挫折感も大きくなる。
また、仮に夢が叶ったとしても、その夢を叶えることと引き換えに払った代償も、夢が大きければ大きいほど、そんぶん大きいのではありませんかね。
つまり、ポジティブな側面には、その裏返しとしてのネガティブな側面が必ず存在している。

 

そうしたネガティブな側面によって生じた心の傷や痛みは、捨て去られることなく、まごうことなき自分の過去として心の奥底に堆積(たいせき)していく。

2サビ

自分は
DIRTY DIRTY DIRTY DIRTY
DIRTY DIRTY DIRTY DIRTY
誰も絶望してるけど
DIRTY DIRTY DIRTY DIRTY
DIRTY DIRTY DIRTY DIRTY
汚れていないFUTURE
だから僕たちはもう一度やり直そう
過去に洗剤撒きながら
軽蔑していた辺り一面
愛で磨くんだ

世界は汚れきっている。
そして、その世界に生きている自分もまた汚れにまみれている。
そんな自分に対する嫌悪感からくる絶望……。

 

確かに、自分の過去や現在は汚れてしまっているかもしれない。
けれども、未来(FUTURE)だけはまだ汚されていない。
ならば、その汚れていない未来に向かって進んで行こうではないかというわけです。
そして、そのためには過去に洗剤を撒くというのですけれども、これは一体どういう意味なのでしょうか?

 

過去を消し去ったり、やり直したりすることはできませんよね。
つまり、忘却も否定もできず、過去の事実をあるがままに受け入れるしかないわけです。
そうであるならば、その過去をネガティブなものとして忌避(きひ)している限りにおいては、その過去は無駄なものでしかなくなってしまう。
そうしないためには、どれほど汚れた過去であったとしても、その過去があったからこそ今の自分がある、あるいは、その過去を教訓にしてこれからの自分を形作っていく、そういったように過去を肯定的に捉え直す、つまり過去を浄化していくしかないのではありませんかね。

 

その浄化のための「洗剤」というのは、覚悟と決意、そして行動ということになるのでしょう。
ただ過去を捉え直すだけでなく、汚れた「過去」を浄化された「過去」に昇華(しょうか)させるためには、これからの自分の行動にかかっているというわけです。
過去の自らの汚れた所業(しょぎょう)を、これからの自らの行いによって払拭(ふっしょく)していくとでも言いましょうか。
それには多大な努力と時間を要することになるわけです。
1番Bメロに「固まった機械油 染み付いた黒い涙」というフレーズがありましたけれども、そんな強固な汚れを落とすには、かなり強力な洗剤が必要になりますよね。
つまり、強い決意と覚悟、そして必死になって行動する必要があるということです。

 

末尾に「愛で磨くんだ」というフレーズがありますけれども、この「愛」というのは、1サビでは「真実」を意味していました。

それをここではさらに個人レベルに落とし込んで、「真心」を意味しているのではありませんかね。
これまでの汚れきった自分を、これからの行動で示す「真心」でもって浄化していくといったところでしょうか。

Cメロ

ここから Clean up!汗をかけ!
WOW WOW WOW…
今すぐ Clean up!真っ新に!

2サビを受けて、過去を浄化するために必死になって行動するのみということなのでしょう。
とどのつまり、汗をかくという泥臭い努力こそが、汚れきった世界を塗り替える、そして汚れ切ったこれまでの自分を浄化する、その唯一の方法であるということなのかもしれませんね。

 

最後の大サビは1サビと2サビを合体させた歌詞になっています。

 

この曲は、単に汚れた世界を嘆いているわけではないのですよね。
世界も自分も汚れているという現実を認め、そんな汚れた世界の中で、必死にもがいて生き抜く覚悟を決める。
そのうえで、汚れた過去を浄化し、未だ汚されていない未来を自らの手で(つか)みに行く。
そうした力強いメッセージが込められた曲なのではないでしょうか。

 

※引用:
秋元康 作詞, 若田部誠 作曲, 若田部誠 編曲
SKE48「DIRTY」(2015)