この曲は、SKE48の31stシングル「好きになっちゃった」のカップリング曲で、Team E のオリジナル曲になります。

 

歌い出し~1番Aメロ

何も書いてない ホワイトボード
黒いマーカー渡され
君が思う 語り合うべき
問題を挙げろと言う

急に言われても 何も思い浮かばないよ
誰もそんなこと考えちゃいない
不幸とか幸せとか 自分の暮らしを振り返る
余裕なんてあるわけないだろう

一言で言ってしまえば、現代人の余裕のなさを表しているのでしょう。

 

何も書いていないホワイトボードに、何でもいいから思うことを書いてみろと言われて、何も思い浮かばない、何も書けない。
何か主張したいことや社会への問題提起、あるいはもっと身近なところで、毎日の暮らしの中で心に残った出来事などについて、何かしらあるはずなのに何も出てこない。
あまりにも忙しい日々に追われて、そんないろいろなことをひとつひとつじっくりと考えたり、あるいは振り返ってみたりする心の余裕が奪われてしまっているということなのでしょう。

 

忙しさのあまり、主体性が喪失し、思考停止状態に陥ってしまっている。
そんなリアルな現状を、「余裕なんてあるわけないだろう」と吐露(とろ)しているわけです。

1番Bメロ

人は歯車でしかない
自分の役目を知らずに
ただカタカタと 回り続けて
社会という名の機械を動かしてるんだ

自分が何のために働いているのか、自分のやっていることが一体どこに繋がっているのか。
それを理解しないまま、ただ社会のシステムの一部として機能しているだけ。
「人は歯車でしかない」というフレーズは、そんな虚無感を表しているのでしょう。

 

個人の意思よりも、社会という大きなシステムを維持することの方が優先されているわけです。
たとえそのシステムが、古びていて制度疲労を起こしていようとも、さまざまな場面で齟齬(そご)をきたしていようとも、変えないこと、維持することが正しいことであるかのごとく。
それが、現代社会、とりわけ老衰国家・日本における社会の現状なのですよね。

1サビ

僕たちの意思なんてどこにあるのか?
気づいたら この場所に並んでいた
進む行列 一人休めば
そう止まってしまう
好もうと好まざろうと決まってるんだ
それでもその胸の内を叫べ
気づかずにいた 怒りや痛み
語り合うことから始めよう

ここにあります「行列」という言葉で象徴されているのは、逃げられない連帯責任や同調圧力ということになるのでしょう。
それこそ日本という村社会の国、個人の尊厳や自由が軽んじられている国の特徴を端的に表しているわけです。

 

「進む行列 一人休めば そう止まってしまう」というのは、自分が止まってしまうと全体に迷惑がかかってしまうから、休みたくても足を止められないということを言っているのでしょう。
責任感が強いと言えばそう言えるのかもしれません。
けれども実態は、自分の代わりなどいくらでもいるわけです。
つまり、自分などいてもいなくても大勢に影響はないわけで、そのことが(あら)わになることが怖いということなのではありませんかね。

 

日本の社会では、そんな代りのきく規格品のような同質の存在であることを、人々は強いられているわけです。
同調圧力という相互監視システムのような仕組みで……。
そして、平等という欺瞞(ぎまん)に満ちた美名の下で、そうした画一化された規格品を量産する製造工場としての役割を果たしているのが、教育機関である学校ということになるわけです。
なんだか、どこぞの全体主義国家の話かと思ってしまう。
つくづくうんざりするようなシステムですよね。

 

けれども、そんなシステムの中にあっても、押し殺してきた怒りや痛みを声に出して叫べというわけです。
「語り合うことから始めよう」というのは、まずは思考を言語化することが必要だということなのでしょう。
そうすることが、「システム」という怪物に(あらが)う手段となりうるということを、ここでは主張しているのではありませんかね。

2番Aメロ

人生で一番 やっぱ大事なことってさ
見ないふりだけはしないってことだろ?
いいことや悪いこと ちゃんと見てなきゃダメなんだ
ずっと逃げ続けて遠回り

不都合な現実から目を()らしたり、自分の本心を隠したりなどして生きていく方が、当たり(さわ)りなくて楽かもしれない。
けれども、それでは逃げているだけであって、問題の本質的な解決を遠ざけていることにしかならない。
大切なのは、現実を直視し、それを認める勇気を持つことだと、ここでは言っているのでしょう。
ただ、受け入れ難い現実を直視するのは、それなりに大きな苦痛を伴うことではありますよね。

2番Bメロ

我慢するって慣れて来る
歯車だけじゃ外れない
無理を承知で言うだけ言って
みんなはどうかと一石 投じたいんだ

「我慢するって慣れて来る」というのは、感覚が麻痺してしまうということを意味しているのでしょう。
おかしなことを最初は素直に「何かおかしくないか?」と思っていても、そのおかしなことが常態化してくると、それに慣らされてしまって、おかしいとは思わなくなってしまう。

 

「歯車だけじゃ外れない」というのは、社会というシステムの歯車に甘んじている限り、現状から抜け出すことはできないということを言っているわけです。
社会における役割という一度組み込まれた歯車から抜け出すのは容易なことではないでしょう。
けれども、だからこそ一石を投じることによって、あえて波風を立てることに意義があるのではないでしょうか。
空気を読むことが美徳とされる中で、あえて「無理を承知で言うだけ言って」みろということなのでしょう。

2サビ

僕たちは知らぬ間に諦めてるのか?
感情をセーブするようになった
冷静な分 自分の意見
主張する気もない
歯車は 油を差し 歯向かうことなく
キーキーと軋む音 しないように
与えられてる場所だけ守れ
語り合うことより ひたむきに…

おかしなことに対して異議申し立てをするでもなくダンマリを決め込んでいると、我慢が諦めに変わり、やがて思考停止して無関心へと至ってしまう。

 

後半の「歯車は 油を差し 歯向かうことなく キーキーと軋む音 しないように」というフレーズは詩的な表現ではありますけれども、ここには痛烈な皮肉が込められていますよね。

 

「油を差す」というのは、不満を言わずに円滑に機能することの比喩でしょう。
そして「軋む音」というのは、異論や悲鳴の声のことなのでしょう。
つまり、不平不満を言わず、おとなしくシステムの歯車として滞りなく機能し続けることが優秀さの証であるということになるわけです。
これはまさに管理社会への皮肉ですよね。

 

さらに、「語り合うこと」すなわち議論したり対話したりすることよりも、「与えられた場所だけ守れ」とあります。
これはつまり、余計なことは考えずに与えられた役割だけを果たし、現状維持に努めろと言っているわけです。

 

ここでは、そうした風潮、あるいは雰囲気に対して、強い危機感を示しているのではないでしょうか。

落ちサビ

僕たちの問題は解決できる?
改めて考えてもわからないよ
それでもここで時間を取って
語り合うべきだろ?

語り合ったところで、今抱えている問題が解決するかどうかはわからない。
それでもなお、「語り合う」というそのこと自体に価値があるのではないか。
そう主張しているわけです。

 

ラスサビは1サビの繰り返しになっています。

 

効率性や生産性を重視し、そのために個人の感情を押し殺してしまうような社会からすれば、「語り合う」ことは時間の無駄でしかないのかもしれません。
けれども、その無駄とも思われている「語り合う」ことこそが、人間が歯車ではなく人間として生きるための唯一の意思なのだということを、この曲は歌っているのではないでしょうか。

 

※引用:
秋元康 作詞, 金崎真士 作曲, 金崎真士 編曲
SKE48「語り合うことから始めよう」(2023)