うろんころんしてみる隊 -40ページ目

うろんころんしてみる隊

うろんころん・・・って何かって?九州弁でして、標準語に解釈するとウロウロと「散策している」「徘徊している」・・・どちらでしょうかね?
傍から見ると限りなく後者に近いわたくしの、人生の糧にもならないつぶやきを書き留めて行こうと思います。

 

風さつと吹き来り、今まで知らざりしが、何時か空いとくろうなりぬ。

月うせ、星きえ、いと凄じ。忽ちにして、ひぢかさ雨急にふりきぬ。

前のさゝ原に玉霰ちり、幾千の軍馬押よすと見えたり。

驚きて家に入り、あわたゞしう戸ざしす。

 

 

 

冒頭の一部は、上田敏氏の随筆「月」より。

秋の夜に突如振り出した雨の様子を表現されています。月をモチーフに、四季折々月の表情を叙事的に書き綴った良作。

 

上田敏(うえだびん 1874~1916)は、明治を代表する翻訳家、詩人、英文学者。

父方母方共に学術に優れた一族のサラブレットで、幼少期より、西洋東洋の様々な文化に触れて育ちます。

東京帝大英文学科在学中、小泉八雲より「英語を以て自己を表現する事のできる一万人中唯一人の日本人学生である」と絶賛されるという。

その後、八雲の代替えで夏目金之助(漱石)とアーサー・ロイドと一緒に帝大講師になり、ヘルン(八雲)先生推しだった学生達から大批判を受ける訳ですが、講師人気度にも我関せず(因みに金之助は大人気になった)に自分の教えたい文学を貫き通すという鷹揚さを感じます。

京都帝国大学の教授として在籍中、尿毒症の為に41歳の若さにて永眠。因みに同年、漱石も永眠。

 

高韻派(ルコント・ド・リール、マラルメ、ベルレーヌ等)の詩を我が国に紹介しました。代表作はそれらの詩を集めた「海潮音」「牧羊神」。

「やまのあなたの空遠く・・」「時は春・・・すべて世は事も無し」

などの翻訳文を一度はどこかで耳にしたことがあると思います。

 

去年(2024)は生誕150周年だったというのに、なんの記念出版も見当たらなかった(見つけきれなかったのか?)悔し紛れに一年間は己のスマホの待ち受けにしていたぜぃ!

 

当時の西洋文学や詩を言語として咀嚼・翻訳し、尚且つ日本語の持つ美しさと親しみやすさ(七五調)を巧みに使って和文として表現。英語も仏蘭西語も羅甸語も独逸語も何でもこなしてしまうし、古文理解もあるので、韻を踏む海外の詩を日本語の七五調に合わせられる(直訳にすると違うとか言われることもありますが)という言葉の表現力は唯一無二の存在です。

 

翻訳とはまた違う表情を持ちますが、「むかしより月をめづる人多し」しかし、多くの人が歌や言葉を尽くして詠んでも、いまだに定まる言はなく、恐らくは永劫につきることはないのだと書かれています。

 

確かに・・・昔より変わらぬはずの「月」なのに、その表情を彩るものとそれを言にして語るにはまさに一言にして尽きず・・・といったところでしょうか。

古今よりずっと変わらないはずなのに、一度とて同じ表情はなしという不思議。

 

晴れていた月夜、急に風が吹き空が暗くなり、ひぢかさ雨(傘さす間もなく肘を傘のようにして凌ぐような急な雨のこと)が降ってくる。その水玉が散らばる珠の如く、雨音が幾千もの軍馬が押し寄せるように激しく鳴り散らす。

雨の激しさに寝付かれず、朝を迎え雨戸を開けると「色つきそめし叢(くさむら)」と庭の様子を現し「つらぬき留めぬ玉ぞちりける」と文屋朝康の百人一首の句が添えられ、秋の月は締めくくられる。

 

月を愛でる文化は世界共通なれど、それを写真ではなく文章にて表現するのは難しい。随筆そのものは短い文ながらも、日本の春夏秋冬それぞれに見せる月の表情を、言葉だけにして読み手までもが肌に触れるようなその空気感までも想像できるのは、彼が自然を愛し、「ことのは」を知る人だからでしょうね。

因みに、「月」については青空文庫でも読むことができるので、興味のあられる方は是非☆

 

秋深まり、日の沈む地平線の美しさ。昼間の綿雲は消え去り、細くたなびく雲の合間に浮かぶ月は、あまねく地球を照らしながらも、私たちの心の琴線にやさしく触れる存在なのでしょう。

夕陽と並ぶには、新月から三日月頃でないと難しいなぁ・・・神無月の茜空はすっかり秋模様。

 

さて今日(令和七年十月六日)は、中秋の名月でございます。

九州は晴れてくれそうです・・・今のところ。きまぐれな秋の空に出来れば夜は美しい空を見せて欲しいと願うところです(満月は明日だけれども)。

 

今年も「月見団子」を拵えようかねぇ(^^♪