家のお風呂を洗うのが面倒。というワケでお風呂屋さんに行ったりして。湯船の近くで身体を洗っていると、おチビが寄ってきて、こちらを窺うそぶり。それで、いくちゅ? と尋ねてやると指を3本立てる。おチビの母親はすぐそこで身体を折り曲げて、まだ誕生に満たないような赤ん坊の身体を洗ってやっている。ふと周囲を見回すと、他にも子連れの若い母親たちが数人。夕方の早い時間を、母親たちは幼い子供の身体を洗い、洗髪してやるワケか。湯けむりの中のその全体、そこに浮かび上がる母親たちがそれぞれに美しい。ふと先日の温泉での光景が蘇る。婆様たちはお湯に身体を浸し、たのしげに言葉を交わしていて、そこには人生を存分に謳歌してきた気配が。けれど全身を覆うちりめん肌、かつてあった過去をそこから辿るなど、もはや出来ない相談。あ~あ。人生というのはナンという場所であることか。だってどんなに努力しようとも、到着駅は変わらないのだもの。