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ココロって fu・shi・gi ・・・

ドクロ昔は精神科病院へは怖くて近づかなかった民よ


名前が心療内科であれ心のクリニックであれ精神科なのだ!!


お願いだから行かないでほしい


私はある会社のカウンセラーをしている


眠れない、目が泳いでいる、うつ状態にはいっている人は皆かかりつけ内科に行かせている


デパス1錠でよくなった人


リフレックス1錠で良くなった親父2年飲んで薬が切れた


かかりつけの病院がない場合は私が見つけて内科の受付に電話・説明して行かせる


これくらいはお手のもの、かなりの人を精神科から救っている


子供を精神科に連れていくなど言語道断


母は何をやっているか?風邪薬と違い不登校が治る薬などないぜ!!


3件も精神科めぐりをしたという馬鹿母に、風邪薬と違うので学校に行けるようになる薬などないですよ!!


その母の私を見る目は怖かった~~~


こんな親切な精神科勤めのカウンセラーもいないのに


そのこころの何とかクリニックは、流石に院長に追い出されました


医療関係には勤めないでください!!と言われました


確かに営業妨害したからね



セカンドオピニオンの笠先生と知り合いになり嬉しくて嬉しくて書きました

関東には心のステキな精神科医はいないらしい






                                     


ドクロ皆様お久しぶりです


薬物依存症の治療から離れました


今度は発達障害の病院でカウンセラーをしています


週1回ですが。。。。。


そもそも発達障害とは何ぞや!!


病名ではない?


製薬会社に患者が貢献しているだけだと思う


不登校は病気でしょうか?


精神科に連れてこなくてよいでしょう


薬飲んで学校へ行けるようになる?


飲んでいくほど楽しい学校があるのでしょうか?


私はかなり年を取りましたから、病名をつけられずに済んだ


不登校もどきであったし、今でも規則正しい生活はできない


朝早く起きて、毎日同じことをするのは苦手である


自由な世の中になったと思っていたが、現実は違っているようだ


学校には行かなくて良いが、病院へ行くようにスクールカウンセラーが団どるのだそうだ!!


何するとね!!臨床心理士!!お前たちはなにものだ!!


国家の回し者であるか?それはそうでしょう!!


河合隼雄大先生の手下であるからね!!(心のノート発案者)


ユング先生、こんなことでよいのですか?


子供たちはやられてしまっています。箱庭では救えません。


あ~~ここから逃れたいおばさんカウンセラーです


私はずーーーと発達障害やで!!


















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更新日 2012-10-19 | 作成日 2008-03-25














ドグラマグラと九大精神科

 “エエ…これが天下に有名な九州帝国大学医学部、精神病科教授、医学博士、正木敬之氏でございます。背景は、九州帝国大学医学部、精神病科本館、講堂のボールドで、白い診察服を着ておりますのは、平生の講義姿をそのままにあらわしたものでございます。お眼に止まりましたとおり、身長は五尺一寸カッキリしかない、色の浅黒い小男でございますが、丸い胡麻塩頭を光るほど短く刈り込んだところから、高い鼻の左右にピカピカ光るおおきな鼻眼鏡と、その下に深く落ち凹んだ鋭い眼つき、横一文字にピッタリと結んだ大きな口元、または鼻眼鏡をかけた骸骨ソックリの表情で、テーブルの前に立ちはだかって、諸君をひとまわり見まわしてから、総入れ歯をクワッと剥き出して笑うところまで、満身これ精力、全身これ胆、渾身これ智…” 夢野久作:ドグラマグラ(1935)


初代榊教授時代、地元紙記者であった杉山泰道は、諸岡存(あきら)助教授と親しく、精神医学や心理学の話題を頻繁に取材していた。
この時の取材をもとに10年の歳月をかけて杉山が書き上げ、夢野久作のペンネームで発表した小説が、畢生の大作「ドグラマグラ」である。
「ドグラマグラ」の舞台は1926年10月の九州大学精神病科である。
現実には前年8月に榊が特診事件で辞職し、下田の教授着任は12月であることと、この設定は偶然とは思えない。
その頃、1925年8月には附属医院が、同年9月には衛生学、法医学教室などが火災に見舞われるという謎の連続失火事件もあり、九大医学部にはなにかとゴシップが続いた。
小説の主人公、正木敬之教授の名前は榊を連想させるし、正木教授のライバル、若林鏡太郎医学部長とは実在の医学部長兼法医学教室教授、高山正雄がモデルといわれている( 高山教授が下田教授着任までの間、精神科教授を兼任したのは事実である)。
作中の第7号室( 実際の男子の保護病棟には第6号室までしか存在しない)や解放治療場(榊教授が設計した病棟の一部には開放病棟も含まれており、これもまた当時は異例であった)の描写などは、当時の九大精神科病棟を実際に取材していなければ、決して創作できなかったであろう。
発表当時はさほど話題にならなかったというが、今日の「ドグラマグラ」に対する高い評価を顧みれば、いにしえの九大精神科が作家の想像力をあれほどまでに刺激したことを、私たちはむしろ誇りに思っても良いのかも知れない。

電気ショック療法(electric shock treatment:以下ES)あるいは電気けいれん療法(electroconvulsive
therapy:以下ECT)は、頭部に100ボルト前後の電流を短時間反復通電して精神症状を改善する精神科の治療法である。ECTは薬物療法が一般化する1960年代までは、ロボトミーと並ぶ「有効」な治療法として精神科で広く用いられた。


元ヤク中である知り合いから、精神病院から今日退院してきたと電話があった。

おめでとう~~~~

いや大変な病院だった

週3回電気ショック療法を4週計12回やったと!!!

全身麻酔だから良く分からないが???と本人

書類をたくさん書かされた??(命は医者に預けます)

この人は生活保護受給者。。

ダルクのスタッフまでしていたのですが

今迄で一番ひどい病院だったと!!そりゃそうだ!!

誰に何を聞いても「私は担当じゃないので分からない」だそうだ!!

ま~~

精神科へ足を向けるのは怖いですね~~

やめておきましょうね~~

そういえば私も精神科歴は長いのです。スタッフとして!!

スタッフの私でさえこんな話聞いたことないです



若い精神科医のDrだったそうです。。

新しい情報が入り次第又書きますね。。


久々の脳内ショック!!!

目が覚めてしまいました


くわばら

くわばら叫び叫び叫び








ある知人から薦められた本を読んでいる


身体が[ノー」と

   抑圧された感情の代価

        ・・・・ガボール・マテ 著・・・・


カウンセラーとしてこんな事分かっているよ!!


なんて思っていた


でも


とても勉強になった。