5月7日
1年前の今日
この記事から
私のブログは
始まりました
最初はとにかく
主人のことを
書き留めたかった
彼が
癌とどう闘って
どう旅立っていったのか
誰かに読まれるとか
フォローされるなんて
あるわけないと思っていました
現在進行形の話でもなく
もう終わっている話
結果は
「死」へと繋がっている
暗い内容のブログを
読む人なんているわけない
別に
それでよかった
目的は
読まれることではなく
書き残すことだったから
けれどそれは
思ったよりも辛く
弱い自分との
戦いになった
主人の死から
5年半たったあの日
久しぶりに
主人の夢を見たのに
内容を忘れてしまった私
そのことに
なぜか焦燥感がわき
それまで
人のブログを
読むだけだったのに
書いてみようと
なぜか思いたったあの日
書く為に
当時の日記を読み返し
曖昧になっていた記憶が蘇り
何度も泣いた
いつしか
意識的に
思い出さないようにしていた
だから
5年半で初めてというほど
主人を身近に感じて
懐かしさと悲しみが襲い
夜も眠れなくなり
こんなに辛いならと
途中で何回も
やめてしまおうと思った
更新の日を見ると
よくわかる
数日空いてる時は
もがいていた時
それでも
何日かたつと
また書いた
なんだか
そうしないと
また私は逃げることに
なりそうで
何かに憑かれたように
書き続けた
主人の回顧録を
書いてる間
己の身にも
めまぐるしく
いろんなことが起こっていた
1年前の今日
私の隣りにいた人は
今はもういない
今
どうしているのかも
知らない
無情な
時の流れ
主人がいなくなってからの
私には
思いもよらない運命が
待っていた
50を過ぎてから
愛する人を
愛せる人を
そして
愛してくれる人を
探す旅
どれだけ
自分を傷つけただろう
生きる糧だった子供達は
この一年で
私の元から
全員巣立っていく
私は
自分の命が終わる時
いったい何を思うのだろう
誰のことを
一番思うのだろう
ブログタイトルの
「私を見つけて」は
主人に向けた言葉だった
あなたのところに行った時
おばあちゃんになった私でも
ちゃんと見つけてね
けれど今
その言葉が
色々な意味を持って
私の人生を物語る
今の彼が
私を見つけてくれたこと
ここで
皆さんが私を
見つけてくれたこと
黄泉の国でも
現世でも
大切な人とは
必ず巡り会えるのかもしれない
私の人生
私が生まれてきた意味は
いったいなんだったんだろう
この先の
残りの人生
どうやって生きていけばいいのか
ときどき躓いて
くじけそうになる
隣りにいてくれる人がいても
わけもなく不安になり
恐怖で胃が痛くなる
朝がある
またこの人も
いなくなってしまうかもしれない
怖くて怖くて
いっそ消えてしまいたいと
眠りが訪れない
夜がある
そんな私を
誰も知らない
子供達も
友達も
彼ですら知らない
知っているのは
ここでできた
お友達だけ
ここで
誰かと繋がることなど
微塵も思っていなかった
1年前の私
なのに今
楽しい時も辛い時も
あたたかい言葉で
励ましてくれる
心優しい同士のような皆様
ほんとに
ほんとに
これまで
ありがとうございました
1年も続けられるとは
思っていなかったし
主人のことを書き終えたら
やめるつもりだった
でも
そんなにたくさんではないけれど
大事なお友達ができて
いつも
あたたかい言葉をくれた
どれだけ
救われたか知れません
皆さんのおかげで
1年
続けてこられました
ブログを始めて良かった
ここを知って良かった
皆さんに出会えて良かった
1年前と
同じ日
同じ時間に
投稿します
これからも
どうぞ
よろしくお願いいたします
2021.5.7
かすみ
