時がきて、お通夜が始まった。
少し前から雨になった。
参列の方々を立って迎えるのは、私と長女。
それから、主人の上司のMさんにお願いした。
とにかく私は会社のことが何もわからない。
9割は会社関係の人達になるはず。
どうしてもどなたか会社の方に、一緒に迎えてもらう必要があった。
このMさんは、次の春で定年。
定年後は御家族がいる福岡に帰る予定だった。
その最後の年に、年若い部下を亡くしたことになる。
闘病中、遠方の知り合いの医師の方にCTやMRIの画像を用意して送って所見を聞いたり、いろいろと尽力してくれた。
最期が近い頃に電話をした時、「悔しい」と何回も言って声を震わせていた。
後日、福岡に戻る前に家にきてくれた時、主人がこだわって買ったタグホイヤーの腕時計を形見分けで渡した。
家に置いておいても誰も使わない。
きっと主人も喜んでくれたと思う。
開始時間のかなり前から、ホールの周辺は参列の方の車で渋滞していたらしい。
予想では500人はくだらない見立てだった。
一番大きなホールにしておいて正解だった。
人の数を見て、葬儀社の判断で定刻より早くお焼香をスタートさせた。
最初は3列でしていたが、とても時間内に納まらないということで、途中から5列に変え、お焼香の回数も1回ということになった。
私の人生の中で、お焼香の列が5列にもなる葬儀は見たことがなかった。
すごい数の参列者だった。
会社の方がほとんどだったが、その中には私や彼の友達、子供達のお友達や先生もいた。
長女の小学校や中学校での担任の先生まで来てくれた。
そしてまだアルバイトの身なのに、長女と一緒に仕事をしている会社の方達も来てくれた。
私の前職のお店の店長や、子供達が長くお世話になったピアノの先生。
もう何年も会っていない友人。
それに、子供達のお友達のご父兄。
雨の中、たくさんの人達が来てくれた。
参列の方達を迎えている中、一人の男性の姿が目に入った。
その人は、主人と同じ年で一緒に会社に入った、同期であり友人でもある人だった。
結婚前や結婚直後、よく我が家にも遊びにきていた。
もちろん、結婚式にも来てくれた。
その彼が入口のドアに力なく寄りかかりながら、じっと主人の遺影を見つめていた。
誰と話すわけでもなく、一人きりで……。
なんともいえない表情だった。
無表情のような、呆然としているような。
とても印象的な姿だった。
なんとか時間内にお通夜は終わった。
そして、その時に見た光景に私は震えを感じた。
冷たい雨が降る中、何100人もの人達が帰ることなく、ホールの外に佇んでいた。
葬儀社の方が言った。
「ほんとに暖かい会社なんですね。こんなことは滅多にありません」と。
そして
「どうでしょうか?
せっかくなので今いらっしゃる皆様に、ご主人様とお別れをしてもらいませんか?」
もちろん、反対する理由などない。
明日の告別式には、もう主人の体はなくなっている。
皆さんに、作業服を着て棺に入っている彼とお別れをしてもらえるのは今しかない。
ほどなくして、お焼香の列がなくなった会場に、今度は主人と対面する為の列がまたできた。
皆さんが主人に声をかけてくれた。
涙声で何度も主人の名前を呼んでくれた人もいた。
この時の光景を、私は一生忘れられないだろう。
皆さんに会えて良かったね、お父さん。
さあ、もう一度、一緒におうちに帰ろうね。
一緒に家に帰れるのは…………
今夜が最後だよ