いつも、夜中に適当な記事を書いては、朝見直して、訂正することしばしば。
はずかしい~、と、恥をかきかき書くのも、限界かな? 

でも、取り合えず、気を持ち直して、今日も書いています。



先日、日本画を一緒に習っている、同級生三人で、まずは、畠瀬本店のランチを食べてから、 

県立美術館で開催中の「琳派・若冲と雅の世界」と「国吉康雄展」に行ってきた。


 今回の企画展は、「琳派・若冲の個人コレクションとしては世界屈指と評価されている細身美術館」の収蔵品の展示。ーそういえば、この美術館にも、彼女らと一緒に行ったのだったわ。ー

何度見ても、実に見事な収蔵品だし、以前見たことの無い物も多数来ていたのが、嬉しい。

このようにはとても描けないと、三人で、ため息混じりに、じっくりと作品を見て回った。



「日本美術の優美さ、繊細さ、大胆さにふれ、豊穣のひとときを得る」展覧会とチラシにかいてあったが、まさに、そんな感じだった。


琳派の草花図は、これぞ、日本の文様として、今ではあたりまえになっている。

しかし、利休が「花は野にあるように」といった言葉のようにしつらえながらも、実は計算しつくされた最上の花の姿が映し出されていて、ため息が出てしまう。


渡辺始興の「簾に秋月図」の御簾越しの繊細さ、

酒井抱一の団扇に描いた構図の大胆さ、品のよさ、

中村芳中の「朝顔図」の垂らしこみや簡略化の美、

鈴木其一の「月に葛図」や「糸瓜に朝顔図」などの優雅な曲線、

鈴木守一の影絵に浮かぶ紅葉「楓桜紅葉図」の抒情的な表現、

鬼才、神坂雪佳の「金魚玉図」のユニークさ、大胆さ、

などなどの琳派作品と並び、今回は若冲の作品も数点飾られておりました。

ちょっと点数少なかったのは、前回、上京の折観た、サントリー美術館に貸し出しているせいなのでしょうね。

派手な色彩のものは何度か目にしているが、

今回初めて本物を見た、水墨画の作品、六曲一双の「鶏図押絵貼屏風」。
これは、色々な姿態の鶏が、筆のタッチも生き生きと、圧倒的な迫力で画面を舞っておりました。

天才とはこういう方を言うのでしょうね。



ところで、今、テッセンの絹画を描いている途中なのですが。。。
この展覧会を観てから葉っぱの垂らしこみを描けば良かった~。
早々に描いて失敗している(泣)





また、同時開催の「国吉康雄展」にも其の足で行ってきた。

私は、彼の色彩感覚が大好き。

ダークオレンジやブラウンの時代の物も、カラフルな色彩の物もどちらも好き。

彼の描く、女性の顔もアンニュイで素敵。

しかし、

戦争中にアメリカで、日本軍の残虐さを訴えるような戦争画を描かされた国吉。

戦後の作品に、それらから逃れられない彼の苦悩が見て取れます。

ピエロの仮面の下から覗く顔の暗く、怖いこと・・・

結局、戦争は、どんな立場の人の心をも傷つけるのですよね。



核を持たない、戦争は二度としないはずの日本ですが、今回のことで、隠された事が色々露呈されました。
抑止力とはいうものの、この国の行く末が案じられます。