母が前の記事を書いた、翌朝、2月2日に亡くなりました。
娘の「内科医りさの医者いらずな美容と健康」をあわせて読んで頂いている方は、すでにそちらの記事で知っておられますよね。
前の日の様子からして、俄かには信じがたく驚きながらも、なんという素晴らしい、幸せの絶頂で旅立ったものかと、悲しみより先に、その素敵なタイミングに、バンザイをしたいくらいでした。
全ての懸念を解決していったというか、このところ楽しい、嬉しいの連続の日々の中、まだまだ生きられるとの希望を持ち、本人は死んだ事も気づいていないのでは?と思ってますw
前の施設では、少しの間に、いじめ問題を解決し、看護師の方々の相談役にもなっておりました。
そして、今の施設も、たった4ヶ月いただけでしたが、母のお陰で3階全体が明るくなったとか。
又痴呆の方たちの面倒も見ておりましたので、ずいぶん助かっていたとの事で、介護の方達が次々と部屋に集まってくれ、泣きながら見送って下さいました。
入居者の方々も、皆さん「素晴らしいお人柄の方でした」と、何人もが部屋にお参りに来てくださいました。
母は、そんな様子を見て、今にも笑いながら眼を開けて、冗談でしたとでも言いそうな、おだやかな顔をしておりました。
昨年のお正月に倒れて以来、本当に奇跡的なことが色々あって、書ききれないほどなの。
心のまっすぐな人で、大きな愛で、苦労を苦労とも思わないで、人に尽くしてきた母は、徳を一杯積んだ人でしたから、やはり、大いなる意志が働いたように思います。
また、孫と同じ名前のりさちゃんが、入居の日に担当で迎えてくれ、母は大喜びでした。
そして、亡くなった時もちょうど彼女の担当でした。
そのときの様子を、おお泣きしながら話して下さり、孫の身代わりに神様が使わしたのではと思えました。
母と同じ名のきみちゃんも、母の後輩、姪の同級生と判り、特別良くして頂きました。
ある看護師さんには、可愛い部屋履きを作って頂きました。
母の人柄ゆえとも言って頂きました。
とっても気入っておりましたので、それを履いて棺に入れました。
ところで、筆圧が無く、字が下手になったと悲しがっておりましたら、ある出来事で、私が渡していた筆ペンを使ったところ、昔の字に近い字が書け、本人も周りもビックリ!
すぐに、半紙を頂き、新年の挨拶など描いたものを貼り出して下さっています。
思い出に、ずっと貼っておきますとの事。
この出来事は、ずいぶん母を喜ばしましたし、私も本当に嬉しかった。
くれ竹の筆ペン7号のお陰でもあります。
皆さんも、ご老人に試してみてくださいね。
翌日、我が家でお花葬にて、部屋一杯の花のオブジェに包まれ、旅立ちました
化粧をあまりしたことのない人でしたが、私の手で、薄紫のアイシャドウやほう紅などの化粧をほどこしましたら、元々鼻高の彫りの深い顔ですから、すご~く綺麗になりました・・・生きている内にも、してあげればよかったかなあ。シミもほとんど無く、色白ですから、化粧栄え致しますね。
しかし、私はその高い鼻にチラッとも似ていない・・・ウ~ン残念!
手足も長くて、スラッとしていて、いつも靴屋さんに褒められていました。
日本仕様の車椅子は、坐が低すぎ困りました。
それも、似ていない!残念!残念!
でも、明るく、世話好きなところはバッチリ似てますよ。。。
やはり、親子ですね。
お母さんを大好きなお父さんが、天国で嬉しそうに迎えている様子が眼に浮かびます。
喧嘩をほとんどしたことのない二人・・・ずっとあちらの世界で仲良くね。
私的な事を長々と書いてしまいましたが、思い出日記のつもりですので、あしからず。
娘の「内科医りさの医者いらずな美容と健康」をあわせて読んで頂いている方は、すでにそちらの記事で知っておられますよね。
前の日の様子からして、俄かには信じがたく驚きながらも、なんという素晴らしい、幸せの絶頂で旅立ったものかと、悲しみより先に、その素敵なタイミングに、バンザイをしたいくらいでした。
全ての懸念を解決していったというか、このところ楽しい、嬉しいの連続の日々の中、まだまだ生きられるとの希望を持ち、本人は死んだ事も気づいていないのでは?と思ってますw
前の施設では、少しの間に、いじめ問題を解決し、看護師の方々の相談役にもなっておりました。
そして、今の施設も、たった4ヶ月いただけでしたが、母のお陰で3階全体が明るくなったとか。
又痴呆の方たちの面倒も見ておりましたので、ずいぶん助かっていたとの事で、介護の方達が次々と部屋に集まってくれ、泣きながら見送って下さいました。
入居者の方々も、皆さん「素晴らしいお人柄の方でした」と、何人もが部屋にお参りに来てくださいました。
母は、そんな様子を見て、今にも笑いながら眼を開けて、冗談でしたとでも言いそうな、おだやかな顔をしておりました。
昨年のお正月に倒れて以来、本当に奇跡的なことが色々あって、書ききれないほどなの。
心のまっすぐな人で、大きな愛で、苦労を苦労とも思わないで、人に尽くしてきた母は、徳を一杯積んだ人でしたから、やはり、大いなる意志が働いたように思います。
また、孫と同じ名前のりさちゃんが、入居の日に担当で迎えてくれ、母は大喜びでした。
そして、亡くなった時もちょうど彼女の担当でした。
そのときの様子を、おお泣きしながら話して下さり、孫の身代わりに神様が使わしたのではと思えました。
母と同じ名のきみちゃんも、母の後輩、姪の同級生と判り、特別良くして頂きました。
ある看護師さんには、可愛い部屋履きを作って頂きました。
母の人柄ゆえとも言って頂きました。
とっても気入っておりましたので、それを履いて棺に入れました。
ところで、筆圧が無く、字が下手になったと悲しがっておりましたら、ある出来事で、私が渡していた筆ペンを使ったところ、昔の字に近い字が書け、本人も周りもビックリ!
すぐに、半紙を頂き、新年の挨拶など描いたものを貼り出して下さっています。
思い出に、ずっと貼っておきますとの事。
この出来事は、ずいぶん母を喜ばしましたし、私も本当に嬉しかった。
くれ竹の筆ペン7号のお陰でもあります。
皆さんも、ご老人に試してみてくださいね。
翌日、我が家でお花葬にて、部屋一杯の花のオブジェに包まれ、旅立ちました
化粧をあまりしたことのない人でしたが、私の手で、薄紫のアイシャドウやほう紅などの化粧をほどこしましたら、元々鼻高の彫りの深い顔ですから、すご~く綺麗になりました・・・生きている内にも、してあげればよかったかなあ。シミもほとんど無く、色白ですから、化粧栄え致しますね。
しかし、私はその高い鼻にチラッとも似ていない・・・ウ~ン残念!
手足も長くて、スラッとしていて、いつも靴屋さんに褒められていました。
日本仕様の車椅子は、坐が低すぎ困りました。
それも、似ていない!残念!残念!
でも、明るく、世話好きなところはバッチリ似てますよ。。。
やはり、親子ですね。
お母さんを大好きなお父さんが、天国で嬉しそうに迎えている様子が眼に浮かびます。
喧嘩をほとんどしたことのない二人・・・ずっとあちらの世界で仲良くね。
私的な事を長々と書いてしまいましたが、思い出日記のつもりですので、あしからず。