今回の上京の、一番の目的は、海老蔵の「伊達の十役」の芝居見物。
時は文化12年7月、役者が数人夏季休暇を取ったため、
残った、当時24歳という若さの七代目団十郎が、
伊達家のお家騒動を、一人、十役で早替わりを務めるという、とんでもない
企画をたて、記録的な大入りを果たしたとか。
昭和54年、当代市川猿之助丈が、165年ぶりに復活させ、
自信の当たり狂言となり、各地で8度の上演がなされた。
そして、今回は、海老蔵が新春花形歌舞伎として、再度挑んだということだ。
それにしても、よくもまあ、これだけの早変りがと、驚嘆ものだが、
中でも、隈取りの早替わり、男役から女形に、また、舞台の上での早替わり
など、見ていても、さっぱりいつどうやって入れ替わったものやら分からぬ
時もあり、キツネにつままれたような有様でした。
もちろん、ベテランの裏方あってこその神業であることを忘れてはなりませんね。
また、なんといっても、海老蔵の錦絵から抜け出してきたような
きれいな男っぷりや、顔立ちが女っぽくないが故の不可思議な妖しい
魅力を湛えた女形の姿に、今を時めく当代一の色男の歌舞伎役者に
魅了された舞台でもありました。
成田や十八番の荒事やにらみもあり、また宙づり、だんまり、因果話、わが子を
犠牲にしての忠義はなし、妖術などなどこれでもかと、歌舞伎の見せ場が展開する。
最後の大喜利は、紅葉のあざやかな風景の中、娘道成寺に似せた趣向で、
高尾と累(かさね)の姉妹がひとつになった亡霊が舞い踊り鐘の中へ・・・
そして海老蔵にとっては、なれぬ女形のセリフも多く大変だったと思うが
スピーディーでエネルギッシュなこの舞台は、若い時しか体力的にも、精神的にも
無理だろうと思うので、よくぞ、がんばって挑戦してくれたと、
歌舞伎ファンとしてはうれしくもあり、多いにエールを送りたい。
そして、けがなどなさいませぬように、
最後まで、身体に気をつけて、無事に舞台を務めあげてくださいませね。
と、母心になり、祈る私でありました。
ところで、主人からの電話で、母が緊急入院したとのこと。。。
明日、急遽、岡山に帰ることになりました。
母は、辛抱強いうえ、私に心配かけまいと、がまんしていたらしいのです。
かわいそうな事をいたしました。
芝居好き、歌舞伎好きの母は、今回の芝居に私が行くのを、
自分のことのように喜んでいてくれたものですが・・・
芝居を観るまでと、待っていてくれたのかしら?
イッセイ・ミヤケの服もみやげに買ってあるので、きっと喜んでくれるはず。
その服がl無駄にならぬように祈ります。