ある日の晩、だらしなく寝転がって本を読んでいましたところ、その横でスマートフォンを触っていたGFが出し抜けに、ネット世界に君臨するヒカキンと称すエンターテイナーを贔屓にしているなどという与太話を振ってきました。
その瞬間私は露骨に顔を歪め、『お前はほんと俺を落胆しかさせない俗な女だな。俺はいま本を閉じてまでしてその低俗そうな話を聞かなきゃならんのか』、などとGFを強くなじったものでしたが、仕方なく少しだけ話を聞いてみると、そのヒカキンなる者の努力を惜しまぬ姿に感銘を受けたというようなことでしたので、なるほどそういう視点で評価していたのかと思いがけず感心した私は、GFに話の続きを聞かせてくれと促したのでした。
GFの話によれば、ヒカキンにはセイキンという兄がおり、その兄の息子がチビキン、さらに兄の嫁のポンちゃんといったところが主要な人物とのことでしたが、私としてはヒカキン、セイキン、チビキンという流れで来れば、当然その兄の嫁も何ちゃらキンと来るものと踏んでいましたので、『いやいや、その流れでポンちゃんはないだろポンちゃんは。意味が分からん。それにそもそもキンってなんだよキンって…』と、その不条理さに憤った私は再びGFをなじり、安易に話の続きをさせたことを後悔しつつすぐさま本を開き直したものでした。
そんな私のことを尻目にGFはケラケラ笑っていましたが、私がそれを取り合わずに憮然と本を読んでいましたところ、まだその者の話を終えていなかったのか、そうでなければ私をからかうつもりだったのか、GFがすうっと私の顔を覗き込んで言いました。
『ポンちゃんは女だからキンが付いてないんだよ』
妙に納得したことを覚えています。
それから程なくして、私が彼女のプライドを逆なでするような言動をしたばかりに袂を分かつこととなり、しばらく私は自らの粗忽さを恨んで過ごしたものでしたが、そんな犬も食わぬよな茶番劇から時を大きく隔てた先頃、指定来所日のためハローワークへ行った折に、奇しくもそこで職員として働く彼女を見つけました。
予期せぬ出来事に面食らった私は気が動転し、束の間我を失っていましたが、平静を取り戻しつつあれこれ思いを巡らせた末、声の一つくらいは掛けてみようと決めました。
けれども、そう思い立ったところで、その業務中という状況にせよ、いつぞやの彼女との別れ方にせよ、もはや考えるまでもなく歓迎される要素の無いことは明白だったため、結局、こちらの存在を知られる前に施設を後にしたのでした。
思いますに、切れてしまった男女の糸を無理やり繋ぐことは、およそやらぬが仏なのです。