北スペイン・演劇カフェのキャストと白黒猫の不思議な物語

 



​・登場人物紹介

​主人公(キャスト)
2階の部屋に無料で住む代わりにカフェで主演を務め、厨房も手伝う。「完璧に演じなきゃ」と緊張気味。

​白黒猫(正体:境界の精霊トラスゴ)
鍵の閉まった自室にも影を通って現れる居候。猫の姿を借り、人間の都合と無関係に気まぐれに過ごす。

​オーナー女性
カフェを取り仕切る人物。住居と食事を提供する代わりに、完璧な仕事とヘルプを求める応えるべき対象。

​屈強なバトラー
店の治安を一手に守る堅物な執事。外部の脅威を遮断してくれるが、鋭い視線は主人公の緊張を高める。

​第1話:二つの階層と、靴の上の白黒猫

​・1階:演劇カフェ

​北スペイン特有の白い霧が、石畳の路地を低く這う朝。

​古い石造りの建物の1階にある小さな演劇カフェでは、開店準備の小気味よい音が響いていた。

主人公は鏡の前で背筋をピンと伸ばし、口角をキュッと上げる。

​「よし、今日も完璧に」

​家賃も食費も要らないという破格の条件でこの2階に住まわせてもらっている以上、

オーナーの期待を裏切るわけにはいかない。

主演キャストとしての華やかな振る舞い、合間を縫っての厨房の手伝い、テーブルの磨き上げ。

一つとして手を抜くことは許されなかった。

​カウンターの奥では、堅物のバトラーが鋭い視線を放っている。

彼が店内に立つだけでどんな厄介な客も退散するほどの安心感がある反面、

その隙のない立ち姿は主人公の背筋をさらに強張らせた。

​「キャスト、仕込みの野菜は切り終わった?」
オーナー女性の静かな声が飛ぶ。

「はい!完璧に揃えてあります!」

​主人公はハキハキと答え、軽やかにフロアを駆け回る。

一瞬の油断も見せず、求められる以上の「優秀なキャスト」を演じ続けることで、自分の居場所を守ろうと必死だった。

​・2階:自室

​夜の公演が終わり、最後の客を見送り、厨房の片付けを終えた頃には、主人公の体力も気力も限界を迎えていた。

​「お疲れ様。明日も頼むわね」

オーナーの言葉に深々と頭を下げ、重い足取りで店舗の奥にある急な木製階段を上る。

​ポケットから真鍮の鍵を取り出し、2階の頑丈なドアに差し込んで回す。

カチャリと重厚な金属音が響き、厳重に施錠されていた扉が開いた。

​誰の目も届かない、安全で静かな私室。

ほっと息を吐きながら足元へ目を落とした主人公は、その場で思わず足を止めた。

​脱ぎ捨てようとした靴の真上に、白黒の塊が丸まっていた。

​「え?」

​白と黒の模様が不揃いに混ざり合った、どこにでもいなさそうな猫だった。

部屋の鍵は間違いなく閉まっていたし、窓のラッチもかかっている。

第一、屈強なバトラーの監視を抜けて1階から侵入できるはずもない。

​猫は主人公の狼狽など気にも留めず、靴の上で丸くなったまま「ふにゃ」と小さく鼻を鳴らした。

​退かすことさえ申し訳なくなるほど、どこまでも自由でマイペースな居候。

完璧にスケジュールをこなし、完璧に役割を演じきった一日の終わりに訪れた、思いがけない「心が休まる時間」。

​靴の上で静かに上下する白黒の背中を見つめているうちに、

今日一日ガチガチに入っていた肩の力が、ふっとあたたかく抜けていくのを主人公は感じていた。

​「あとがき」

舞台である北スペイン・ガリシアやアストゥリアス地方には、古くからケルトの精霊伝承が根付いています。

作中に登場する白黒猫は、人々の日常の隙間にひょっこり現れる妖精「トラスゴ」をモチーフにしています。

P.S. 成人直前の頃、絵本原作者の夢を持っていた。あれから時が流れて今またあの頃に戻っているのかな?


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