第1回「お嬢様スナイパーの秘密」(創作短編ミステリー)
・昼(診察室)
「無理はいけませんよ。少し肩の力が入りすぎているようですね」
陽光が差し込む診察室。阪神女学院から京都大学医学部を経て、この総合病院に勤務する冴子(29)は、患者の手首にそっと手を添えた。
名門の血筋を感じさせる上品な物腰と柔らかな笑顔に、接した者は誰もが魅了される。
患者が問診票に目を落とした一瞬の隙、彼女は手首の脈拍を計測しながら、唇を微かに動かして音もなく呟いた。
(正中神経の走行よし。ここを圧すれば確実に)
何事もなかったかのように穏やかな笑顔に戻り、「少しストレッチをしてみてくださいね」と優しく声をかける。
彼女の中で、医学の知識と幼少期から叩き込まれた中国拳法の急所の知見は完全に一体化しているのだ。
・夜(スナイパー)
夜の帳が下りる頃、昼の清廉な女医は姿を消す。
都心の高級ホテルのメインバー。
女医のはずの冴子は、深めのスリットから覗く太ももに密かにホルスターを仕込んだ、ベージュの刺繍チャイナドレスに身を包む妖艶な美女になっている。
彼女はカクテルグラスを傾けながら、バーのVIP席に座る男、違法薬物組織の幹部を視線で捉える。
(屈強な男が1名、派手なパーティドレス女子が数名。後はターゲットの取り巻きね)
周囲の男たちがキャバ嬢達の華やかさに目を奪われる中、冴子の脳内ではターゲットの動脈の位置と逃走ルートの計算が冷徹に処理されていた。
・実行(スナイパー)
バーを抜け出した彼女は、ターゲットが潜伏するビルの暗がりに移動。
物陰でチャイナドレスのスリットからマイクロ・ピストルを取り出し、手際よくサイレンサーを装着する。
その時、見張りに出てきた組織の男が接近。
冴子は気配を消して間合いを詰め、すれ違いざまに男の頸椎付近の経穴(ツボ)へ指先を鋭く突き立てた。
声も上げず、筋肉の弛緩とともに静かに崩れ落ちる巨漢。
体格の差など、彼女の急所突き(点穴)の前には無意味だった。
・ミッション完了
死角から狙いを定め、サイレンサーを装着したピストルを構える。
完璧な呼吸のコントロール。心拍数が一定の極限状態まで下がる。
照準がターゲットの急所に重なった瞬間、唇だけを微かに動かした。
「アスタ・ラ・ビスタ」
消音された一撃が夜を裂き、ターゲットは静かに倒れた。
・日常(職場)
翌朝。病院の廊下を、白衣をまとった冴子が歩いている。
「先生、おはようございます!」
「ごきげんよう。今日も良い天気に恵まれましたわね」
昨夜の出来事など一切感じさせない清涼な笑顔で、冴子は再び、命を救う医療の現場へと戻っていく。
「あとがき」
念のためですが、阪神女学院という女子校は実在しません。
従って阪女から京医を経て病院に勤務の冴子という女医さんも架空です。
ちなみに点穴をついて瞬時に敵を倒す中国拳法の達人は昭和期には実在していたと聞いています。
ところで、冴子のチャイナドレスは中国短編ドラマ(B級)の見過ぎの影響。
B級ゆえに竜頭蛇尾で荒唐無稽でセリフ長過ぎでプロットのアホらしさが頭休めになるのです。
ちなみに頭が疲れたらジャズを聴くと回復しやすいのでオススメ。
では、また〜
P.S. 歯痛回復中。今世紀になって病院に行ったのは1回くらいなのに歯科クリニックは複数回以上とアンバランス。
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