廃村を「英語村」として復活させる男の挑戦
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第1話:トリアージ ――選別と合理の始まり
「2026年5月、某県山間部・旧M村」
国道から外れ、軽自動車1台がやっと通れるほどの荒れた林道を上りきると、その「廃村」はあった。
三十年前に最後の住民が去り、地図上からは事実上消滅した場所。
傾いた平屋が11棟、雑草と蔦に埋もれている。
ここに、一台の四輪駆動車が乗り入れた。
男が一人、降りてくる。彼はこの廃村の土地を丸ごと入手した人物だ。
目的はリフォームによる村の再生だが、そのアプローチにノスタルジーや感傷の余地は一切ない。
「すべてを直そうとするのは愚策だ。時間と資金の完全な泥沼にはまる」
男はそう言い切ると、クリップボードに挟んだノートを開き、11棟の建物を冷徹に観察し始めた。
柱の歪み、基礎の沈み込み、屋根の崩落度合い。彼が最初に行ったのは「トリアージ(選別)」だった。
結果は、修繕可能が2棟、解体が9棟。使えない九棟に1円たりとも投資はしない。
使える2棟だけを残し、あとは完全に放置、あるいは後述の資材としてトリアージする方針が1日で決まった。
車中泊というインフラ、ハブとしてのトレーラーハウス。
男はこの日からの滞在を、持ってきた四駆の「車中泊」で開始した。
家屋のリフォームが終わるのを待つのは時間の無駄であり、
初期段階で居住スペースにコストをかけるのは非効率だからだ。
数日後、廃村の中央にあるかつての広場(地盤が固く平坦な場所)に、
大型のトレーラーハウスが牽引されて到着した。これが村作りの「ハブ(拠点)」となる。
「これは車両だ。建築物ではないから、煩雑な建築確認申請や固定資産税の手続きをスキップできる。
もちろん、いつでも牽引して移動できる状態を維持することが前提だが」
トレーラーハウスには最低限のソーラーパネルと、衛星通信(Starlink)のアンテナが設置された。
水は当面、給水タンクによる持ち込み。最低限の生存インフラが、わずか数日で確立された。
人力の排除:3頭の除草エージェント
次に男が着手したのは、村を覆い尽くす雑草の処理だった。
ここでも「草刈り機を回すような人力の無駄遣い」は徹底的に排除される。
軽トラックに乗せられてやってきたのは、レンタル業者から借り受けた3頭のヤギだった。
男はまず、ヤギを放つエリアの周囲に電気柵を素早く施工した。
「ヤギを放任すればいいというわけではない。
廃村に自生しやすいレンゲツツジやヨウシュヤマゴボウには毒がある。
これを誤食すればヤギは死ぬ」
男は電気柵の内側をあらかじめ見回り、有毒植物だけをナイフで迅速に刈り取って排除した。
その後、ヤギが放たれる。
3頭の動く除草機は、男が車中でPCに向かって作業をしている間も、
冷酷なまでに完璧に地面を丸裸にしていった。
葛(クズ)の却下と、設計図の書き換え
地面が露出したことで、村の正確な地形が浮き彫りになった。
男は「村の設計図(マスタープラン)」の策定に入る。
ここはかつて農村だった。
男は当初、災害や飢饉に極めて強く、根から澱粉(葛粉)が採取できる「葛(クズ)」の栽培を計画していた。
しかし、地表の調査を進める中で、その計画を即座にゴミ箱へ捨てた。
「葛の繁殖力は狂気だ。年間数メートルも蔓を伸ばす。
これを放置すれば、数年で手直しした古民家も、
トレーラーハウスの足回りもすべて蔓に締め殺され、インフラが破壊される。
侵略的外来種ワースト100のリストは伊達ではない」
男は設計図を書き換えた。
葛に代わり、選ばれたのは「キクイモ(菊芋)」だった。
病虫害に強く、植えっぱなしで大量の炭水化物(芋)が収穫できる。
地上部は自立するため、周囲の構造物を侵食しない。
さらに、村の外周には「ポポー」の苗木が植えられた。
「ポポーの葉と樹皮には天然の殺虫成分が含まれている。
この地域の最大の障壁であるシカやイノシシが、これを忌避する。
獣害対策のフェンスを節約するための、植物による防壁だ」
過酷な冬が近づいていた。車中泊の夜は冷え込む。
しかし、男のノートに描かれた設計図には、
無駄な投資を一切排除した「効率的な村」の骨組みが、
冷徹なまでに美しく引かれていた。
「第1話のポイント解説」
1. 現実的な法規制と運用のリアル
トレーラーハウスの車両扱い: 建築基準法上、トレーラーハウスを建築物と見なされないようにするためには、
ライフラインが工具なしで着脱可能であること、公道に至る通路が確保されていることなどの「随時移動可能性」が必要です。
物語では、これを理解した上で「ハブ」として即座に導入する合理性を描いています。
ヤギ除草の管理リスク:
ヤギは万能ではなく、有毒植物(レンゲツツジ等)を摂取すると死亡するリスクがあります。
主人公が「人力の無駄を省く」と言いつつも、
毒草の事前排除という最低限の管理工数を割く描写を入れることで、
現実の運用に即したリアリティを持たせています。
葛(クズ)の侵略性リスク:
葛は救荒植物として優秀ですが、構造物を破壊するリスクが高いため、
より管理しやすく構造物を破壊しない「キクイモ」や、
害獣が忌避する「ポポー」へのシフトを行うことで、
生態学的リスクを回避する現実的な判断を描写しています。
2. プロットおよび物語の構造設計
「車中泊・トレーラーハウス」から始める段階的構築:
最初から大きな建物を建てず、移動可能な最小インフラから始めることで、
初期投資のリスクを抑える効率主義を強調しています。
トリアージによるカタルシス:
「すべてを救わない」という冷徹な選別(建物の仕分け、
プランの即時変更)を行うことで、
従来の田舎暮らし物語にありがちな「理想主義」とは一線を画す、
プロフェッショナルでクリスプな主人公のキャラクター像を確立しています。
"One of the most difficult things is not to change, but to govern oneself."
最も困難なことの一つは、状況を変えることではなく、自らを律することである。
(アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ / 夜間飛行)
選定理由: 目の前の荒廃した現実(廃村)を感情的に変えようとするのではなく、
まず自身の計画とリソースを冷徹にコントロール(自律)し、
引き算の選択を行う第1話のトリアージ思想を象徴する言葉です。
「あとがき」
英語村をリアルに作るとなると大型投資を考えがちですが、
こういう手作りで進めたほうが英国村の再現みたいになって私的には面白いのです。
バブル時代には英国リゾート村ができたようですが、あれはテーマリゾートの一種でしょう。
ま、こういう村作りに憧れますが今のところフィクションの範囲に留めておきます。
ところで本日(日曜日)の空にはウロコ雲がたなびいてました。
地上では夏でも上空は別世界なのでしょうか?
自然界にも本音と建前があってしらっとして使い分けているのかも。
ということで、また〜