短編小説「硝子のプロトコル」
ジュエリーデザイナーの佐々木シャロル、32歳。
自らの名を冠したブランドの立ち上げは、
メディアからも新星として大々的に取り上げられ、
華々しい成功を収めた。
その夜、彼女は洗練されたパーティルームで、
取り巻きの仲間たちと歓喜の祝杯をあげていた。
「この街の夜景も、私のサファイアの前ではただのガラス玉ね。
今夜は私のおごり、朝まで酔いしれましょう」
はじける歓声の中、
彼女の腕には赤黒いサファイアをあしらった
贅沢なジュエリーが鈍い光を放っていた。
翌朝
午前五時、商業街の交差点。
無人のアスファルトを、鋭角な朝霧が切り裂いている。
ハイブランドのショップの、
完璧に磨かれた大型ショーウインドウの奥へと、
冷徹な視線が吸い込まれていく。
マネキン人形の洗練された死角に、それは配置されていた。
衣服を剥ぎ取られ、
羞恥を煽る不名誉な下着だけを纏わされた「生きた女」。
その足元には、彼女が重ねてきた隠微な裏切り
銀座の有名ジュエリー店オーナーとの生々しい不倫の証拠写真と、
それを裏付ける決定的な書類が、
完璧に整理された証拠ファイルとして置かれている。
女の瞳は恐怖と屈辱で凍りつき、
ただ一点を見つめている。
遠く離れた静かな部屋で、
テレビニュースに映し出されたその歪んだ静物画を、
じっと見つめている女がいた。
彼女の右の人差し指には、
冷たく凝固した血のような「赤黒いサファイア」が嵌められている。
遠くから、最初の通報を受けたパトカーのサイレンが地を這うように響き始めた。
The lens captured the cold reflection of revenge.
(レンズは復讐の冷たい反射を捉えた。)
激しい雨。
激しく往復するワイパーの隙間から、狂乱する都会のネオンが歪んで滲む。
警察の必死の捜査が始まった。
しかし、被害者の女にはこれほどの怨恨を買う思い当たる節が何もない。
捜査が暗礁に乗り上げ、
最初の事件の衝撃が冷めやらぬ中、
数日後に第二の事件が起きた。
今度は駅の改札前のガラスケースの中、偽造された宝石鑑定書の束だった。
さらにその翌週には、
街頭の大型ビジョンが何者かにハッキングされ、
インサイダー取引に手を染めた
別の裏切り者の醜態と
隠蔽された罪状が白日の下に晒される。
社会的な制裁を受けた被害者たちは、
二度とその名誉が回復されることはない。
すべての現場に共通するのは、
犯行の痕跡を一切残さない、
徹底したミリ単位の空間管理だった。
El suntuoso cristal de la impiedad.
(不慈悲なる、壮麗な硝子。)
重いマジックミラーの向こう側で、
精神を病み、
意味不明な言葉を喚き散らす
「犯人とされた人物」が暴れている。
上層部は、この責任能力のない人物の単独犯として、
速やかに事件の幕を引こうとしていた。
それが社会システムにとって
最も低コストな最適解だからだ。
だが、一人の刑事だけが、
写真と書類の束を睨みつけたまま、
彫刻のように動かない。
すべての書類の余白が、
1ミリの狂いもなく
サファイアのカッティングと
同じ角度で断裁されていることに気づいたからだ。
「おかしい。こんな綿密で整然とした仕掛けをできるのは別人だ」
刑事の絞り出すような言葉は、
誰の耳にも届かなかった。
冷ややかな視線が向けられ、
取調室の重い鉄のドアが冷酷な音を立てて閉められる。
La trappola perfetta nascosta nella folla.
(雑踏に隠された、完璧なる罠。)
事件は「病人の犯行」として合理的に処理され、捜査は終わった。
高いキャットウォークから見下ろす、雨の雑踏。
ひしめき合う無数の傘の海の中に、
一人の美しい女の背中がある。
女は歩みを止めず、
ゆっくりと黒髪をかきあげた。
その人差し指で、
鈍い闇のような光を放つ「赤黒いサファイア」
彼女はそのまま、
何事もなかったかのように雑踏の奥へと溶けていき、
世界は静かに闇へと沈んでいく。
語彙&表現
English
lens レンズ・視点
captured 捉えた
reflection 反射
revenge 復讐
Español
suntuoso 壮麗な・豪華な
cristal 硝子・結晶
impiedad 不慈悲・不信心
Italiana
trappola 罠
nascosta 隠された
folla 雑踏・群衆
「本作の後で観て欲しい映画作品」
本作が面白いと感じたらぜひ観てほしいのが、映画『セブン』(デヴィッド・フィンチャー監督)です。
標的の隠された罪を演劇的・芸術的に都市へと配置し、大衆の面前で「完全なる処刑」を執行していく冷徹な知性。
この物語に通底する劇場型サスペンスの空気感を、より深く味わえる名作としておすすめです。
「あとがき」
別ブログ(英南系)で以前、私の原作が映画化というエピソードを紹介しました。
リーマンショックで最大スポンサーが破綻で吹っ飛びましたが、今やAI時代なので短編映画なら造れそうです。
神戸市の異人館を背景に短編映画を考えてもいいのかなと。
それはさておきまして。
あるハワイ在住の日本人女性が、日本のスーパーで知らないひとに話しかけたら塩対応されたと。
実は私もだいぶ前に地元スーパーで
日本語名を思い出せない商品があったので親子連れの知らないひとに聞いたことがあります。
関西の母娘さん達でふつうに教えてくれましたよ~
首都圏だと変なひとに思われるので知らないひとには話しかけるな
という掟があるのやもしれませんね?
ということで、また〜