純恋小説 光がさす時2 | WDC ダーツですょ(・∀・)

純恋小説 光がさす時2

「高校時代が懐かしいなって思って」
「そういえば、野田には驚かされたね。人気者だったのに、あんなおじさんになるとは思ってもみなかったよ」
田中君は、ハッハッハと軽快に笑い、タクシーを捕まえようと手をあげた。タクシーはすぐに止まり、自動ドアを開けた。先に私を奥へと座らせて、一緒に乗り込んだ。
たったそれだけなのに、また胸はドキドキしはじめる。男の人と二人きりっていうのも、久し振りね。
それに、田中君は女の人の扱いに慣れているのか。私の体に触れる手が優しかった。
「恵比寿駅の方へお願いします」
行先を告げると、タクシーはドアを閉めて走り出す。薄暗くなり始めた窓の外は、ビルやレストランの明かりが見え始めた。いつもと違う景色に、夫以外の男の人と二人きり。こんなシチュエーション、ドラマだったらきっとラブホテルに向かうんだわ。そして、一夜の過ちを犯してしまうのね。
想像したけれど、私には無理ね。好青年の人と一夜限りのメイクラブ。それは、若い頃だけで充分だわ。体を重ねたいと思う心もなくなって、考えるのは子供達の将来のことばかりだもの。
「金沢さん、大丈夫?静かになったけど」
私がいきなり物思いにふけったものだから、心配したのか。田中君は、息がかかる程顔を近づけてきた。後少しでキスが出来る距離。でも、私は瞼を閉じることなく、微笑んだ。
「大丈夫よ。子供のこと思いだしてたの。もうすぐ家に帰ってくる頃だなって」
「・・・忘れなよ、今は」
「田中君?」
息がかかりそうな程近い顔。唇が重なろうとする。思わず、瞼を閉じようとしてしまったけれど。私にはやはり出来なかった。夫や子供を裏切るようなことなど。久し振りに、胸の高鳴りを感じることが出来ただけで、私は嬉しかった。
「ダメよ、田中君。私、結婚してるし、子供もいるから」
唇が重なりそうな程近づいた所で、彼の柔らかな唇に人差し指をそえた。彼の瞳はまた寂しそうに見えたが、気にすることなく笑ってみせる。
「やっぱり、家に帰るわ。子供達のこと、心配だし」
「会社で休んでいきなよ。もうすぐだし」
「大丈夫。ありがとう。運転手さん、ここで止めてくれますか」
もうすぐ赤信号になる所で、車は止まった。タクシー代を1000円分だけ座席に置いて、すぐに車を出る。田中君は待って、と言っていたが待たなかった。ありがとう、またね。それだけを告げて、ドアを閉め、急いで歩道へと向かった。もう酔いは覚めていた。過ちを犯してはいけない。その気持ちが、私を現実に戻した。
「そうよ、私には子供もいるんだから」
自分に言い聞かせながら、駅の方へと向かった。ここから駅へは遠そうだと思ったけれど、構わなかった。運動不足だし、たまには歩かないとね。
「もしもし、玲奈?どうしたの?」
『今どこにいんのー!お腹空いたー!』
「言ったでしょ、お母さんは同窓会で東京に来てるって。家に帰るのは八時くらいになるわよ。ご飯もおかずも冷蔵庫に入ってるから、温めて食べてね」
『違うのー、それをバカ晴樹が全部食べちゃってさ!私が食べる分なくなっちゃったの!』
「そ・・・そう。じゃぁ、カップラーメンの買い置きが台所の下の棚にあるから。それ食べてなさい」
『えー、カップメン?しょーがないなー!早く帰ってきてよ!』
歩き出すと、娘の玲奈から電話がかかってきていた。夕飯の催促の電話だったのだけど、どうやら一番下の息子が全て平らげてしまったようだ。きっと、サッカー部でたくさん運動してきたんだわ。
多めに四人分作ったのに。全部平らげるなんて、どんな胃袋してるのかしら。痩せの大食いは、夫に似たのね。帰ったら、早速ご飯を作らないとだわ!


数日後。
毎日の退屈な日に訪れた同窓会の知らせ。久し振りに感じた胸のときめきを思い出しながら、高校生くらいの頃ラジオでよく流れていたAmbrosiaのHow Much I Feelを流す。
D・PACKの声も顔もうろ覚えながらに思いだしながら、憧れたなと少し笑った。
That's how much I feel for you baby   How much well I need your touch . . .
この言葉の意味は今でもなんとなくしか分からないけど、愛のあるセリフなんだろうな、と思う。
田中君とのことは、胸に秘めて、またいつもの退屈な日を送る。それでも、良かった。おばさんになった私を可愛いと言ってくれたこと。少しでもキスしたいと思ってくれたこと。
それだけで、若返ったような気がした。私はまだ、女として魅力があるのかしら?と少しだけ勇気づけてくれた出来事。
それが分かっただけで、私は充分よ。それからの展開は、お昼のドラマで楽しめばいいことだし。私は、一線を超えないわ。夫と子供達のためにもね。
「さて、洗濯しないとね!」
退屈な日々に疲れるけど、D・PACKの声に励まされながら、自分を奮い立たせた。これからも、子供達の騒々しい声に文句を言って、夫の夜遊びを黙認する毎日が始まる。
それでもいいわ。また、頑張れる。あれだけ、たくさんのお酒を飲んで、子供のようにはしゃいだんだもの。たった一日の解放日。それだけで、私はまた頑張れる。
「さぁ、洗濯に掃除に!お母さん、張り切っちゃうわよ!」
誰もいないリビングで、少し大きな声を出した。庭には、雀たちが遊びに来ている姿が見えた。
もうすぐ寒い冬が始まる。そろそろこたつを出す頃かしら、そんなことを考えながら主婦の仕事を始めた。快適な暮らしをするために、家を綺麗にしないとね!