ダーツ小説 電話番号の教え方
葉桜に色を変え始めた四月の中旬。
入学式も終えて、新入生の初々しい表情を教室から見下ろしながらダーツを投げる。
今日も相変わらず早朝自主練だ。
顧問に言われたことを思い出すと、冷静になれないまま投げてしまう。
矢の飛びも悪く、回転しながら19よりのアウターに刺さっていく。
無理やり入れていると分かっていながらも、つい肩に力は入り、氷のように固まりながら伸びる腕。
「ダーツ部は廃止しない。させない…」
昨日の練習後、ダーツは遊びの部活だから廃部になるかもしれないと顧問は言った。
お酒の席でしか取り上げられないダーツは、一生スポーツとしては成り立たないと、冷たい瞳でたんたんと説明された。
そんなことはない、ダーツは立派なスポーツだと、17歳の私がどんなに叫んでも、現状は変わらない。
分かってはいる。
私は高校生で、父親がダーツが大好きだったってだけ。
父親の影響で、ダーツを好きになって、ダーツの楽しさを伝えたくて、半年間なんども校長先生にお願いして、やっと出来上がったダーツ部。
これからみんなで練習して、世界を目指そうって話してたのに。
ダーツなんてつまらないって、みんな辞めていく。
残っているのは、私と男の子一人。後は、名前だけ借りているのが三人。
今はなんとか部として存在してるけど、三人の名前がなくなったら同好会となって、自然と消えてしまう…
そうはさせたくないのに、新入部員が入るかどうかも分からないのでは、ダーツ部を存続させるのが難しい。
「ダーツはスポーツなのに」
ため息混じりに小さな声で呟いた。
誰にも届かないのに、誰かに届いてほしいと願う。
ここで叫んでも意味ないのに…
「すいません、ダーツ部の方ですか」
「え?」
気持ちを切り替えて、ブルに集中しようと構えた瞬間。突然の声が聞こえ、驚いた私は矢を落とした。
朝八時過ぎ、そろそろ生徒達が集まり出す時間。
真新しいブレザーを着た男の子が、部室の入り口から顔をのぞかせていた。
「僕、滝沢って言います。ダーツ、投げてもいいですか?」
「…どうぞ」
新入生だろう。制服のズボンの裾もすれていなく、上履きも新しく光っている。
髪の毛はワックスを使っているのか、結婚会見をした時の水嶋ヒロみたいに少しもじゃもじゃとさせている。
身長は私が見上げるくらいだから、180以上はあると見える。
久しぶりに自分より背の高い男の子を見た。
「ハードがあるっていいですね。家にも、PUMAですが、かけてあります」
彼はにっこりと微笑んで、腰にかけたダーツケースから矢を三本取り出して、綺麗に20トリに一本目を入れて見せた。
二本目・三本目も、吸い込まれるように16・15トリプルに入れた。
「あ、ハードでも入るもんですね」
まるで、馬が出ることは予測してなかったとでも言うような口調だ。
私には入って当然というような表情に見えた。
私より年下で、ダーツがうまいなんて、悔しくて羨ましい。
そして、希望も見えた。
彼が入部してくれたら、ダーツ部も盛り上がるのではないかと思った。
顔も悪くはないから、いい宣伝要素になる…そんなことを考えていると、彼はいつの間にか私の目の前に立っていた。
視界に飛び込んできたネクタイはぐちゃっと結ばれている。きっとネクタイを結ぶのに慣れてないのだろう。
一見しっかりしているように見えて、このネクタイを見ると、彼が可愛く思えた。
「一戦お願いします」
また笑みを浮かべて、拳を軽く突き出した。
私は同じ学校で、強い人と対戦出来るのが嬉しくて、体を武者震いさせた。真剣に矢っている男の子もいるけど、今の所脅威はない。
私と対戦することを嫌がることもある程だ。私が130を打った時には、もう矢りたくないと言われたこともある。
でも、目の前にいる彼は違う。
何かオーラを放っているようにも見えた。
「フォーマットはあるんですか?」
「いや…ハードのルールではあんまりやったことないんだよね」
「そうなんですか。折角だし、ハードルールでやりますか。僕もまだ覚えたばかりなんですけど」
彼は照れ笑いを浮かべ、左頬を右手でポリポリとかいた。
そんな彼は爽やかに見えた。
彼の瞳は茶色がかっていて、外人のようにも見える。
きっと私の友達が彼を見たら、カッコイイ!とはしゃぎたてていただろう。脳裏に浮かぶ光景は、つい口元を緩ませた。
「どうしました?」
「あ、いや、強そうな人と対戦出来るのが嬉しくて」
想像笑いをした、なんて言ったら引かれそうだと思い、適当な言い訳を口にした。でも、これは本音。やっぱり、強い人と対戦した方が、テンションは上がる。
「強くなんてないですよ」
「でも、いきなり馬出したし、フォームも綺麗だし」
「僕は、たまたま親に教育されただけですから。強い人間ではなく、うまい人間ですね」
彼の言わんとしていることが、うまく理解出来なかった。
強いとうまいは別物だということは、なんとなく理解出来るものの、それを寂しそうに口にする理由は、表情を見ただけでは分からなかった。
「すいません、僕寄る所思い出したんで、対戦は入部した時でもいいですか」
「え、あ、うん」
突然鳴り響いたトランスの音楽にはっとした彼は、ケータイを開いて眉をしかめ、すぐにこちらを見てすまなそうに言った。
用事があるなら仕方ないか…
そうは思うものの、対戦が引き延ばされたことは、少し悲しかった。
「僕の番号は、090に20トリ・16トリ・15トリ。最後にこれを足してください」
そう言いながら、私のダーツを借りて、インナーブルに軽く入れた。
「?」
不思議な表情でボードを見ている私に彼は言った。
「クリケナンバーなんで、分かりやすいですよ」
そう言って、颯爽と部室を出て行った。矢はまた後で取りに来ます、と付け加えて。
私はボードの前に立ち、刺さった矢の数字を脳裏に思い描いた。
「20トリは60だから…」
トリプルの数字を繋ぎ合わせていくと、一つの番号が出来上がった。
その番号が合っているのか、すぐに確かめたくて、ケータイを取り出した。
「0906048…」
呟きながら番号を押していく。少したつとメロディーコールが聞こえてきた。誰の曲かは分からない落ち着いた洋楽だった。
1フレーズ鳴る前に、もしもしの声が聞こえた。
「滝沢です。これからもよろしくお願いします」
柔らかな声が機械越しに耳に入ってきた。
その声もまた、大人の色気をかもしだしているように聞こえた。
「滝沢くん?まさか、本当に繋がるとは思ってなかった」
「繋がりますよ!ダーツを知っている人なら、すぐに気づきますしね」
彼は笑いながら、私の疑問に答えた。
私も笑った。まさか、こんな形で、番号を知るとは考えてもみなかったから。
「放課後、よりますね。また電話します」
「うん!待ってるね!」
彼は高校に入りたてとは思えない程、丁寧な応対をして電話を切った。
「早速、顧問の先生に知らせなきゃ!」
私はダーツ部に光が差した、と一人興奮しながら部室を後にした。
ダーツ部は、無くならない。
彼のおかげで、ダーツ部は存続出来る!
勝手に彼は入部したと思い込みながら、顧問のいるであろう第二職員室へダッシュした。
もうホームルームの始まる時間が近づいていたが、構うことはなかった。
ただ、このことを伝えたいがために走った。
ダーツ部を廃部にさせないためだけに。
入学式も終えて、新入生の初々しい表情を教室から見下ろしながらダーツを投げる。
今日も相変わらず早朝自主練だ。
顧問に言われたことを思い出すと、冷静になれないまま投げてしまう。
矢の飛びも悪く、回転しながら19よりのアウターに刺さっていく。
無理やり入れていると分かっていながらも、つい肩に力は入り、氷のように固まりながら伸びる腕。
「ダーツ部は廃止しない。させない…」
昨日の練習後、ダーツは遊びの部活だから廃部になるかもしれないと顧問は言った。
お酒の席でしか取り上げられないダーツは、一生スポーツとしては成り立たないと、冷たい瞳でたんたんと説明された。
そんなことはない、ダーツは立派なスポーツだと、17歳の私がどんなに叫んでも、現状は変わらない。
分かってはいる。
私は高校生で、父親がダーツが大好きだったってだけ。
父親の影響で、ダーツを好きになって、ダーツの楽しさを伝えたくて、半年間なんども校長先生にお願いして、やっと出来上がったダーツ部。
これからみんなで練習して、世界を目指そうって話してたのに。
ダーツなんてつまらないって、みんな辞めていく。
残っているのは、私と男の子一人。後は、名前だけ借りているのが三人。
今はなんとか部として存在してるけど、三人の名前がなくなったら同好会となって、自然と消えてしまう…
そうはさせたくないのに、新入部員が入るかどうかも分からないのでは、ダーツ部を存続させるのが難しい。
「ダーツはスポーツなのに」
ため息混じりに小さな声で呟いた。
誰にも届かないのに、誰かに届いてほしいと願う。
ここで叫んでも意味ないのに…
「すいません、ダーツ部の方ですか」
「え?」
気持ちを切り替えて、ブルに集中しようと構えた瞬間。突然の声が聞こえ、驚いた私は矢を落とした。
朝八時過ぎ、そろそろ生徒達が集まり出す時間。
真新しいブレザーを着た男の子が、部室の入り口から顔をのぞかせていた。
「僕、滝沢って言います。ダーツ、投げてもいいですか?」
「…どうぞ」
新入生だろう。制服のズボンの裾もすれていなく、上履きも新しく光っている。
髪の毛はワックスを使っているのか、結婚会見をした時の水嶋ヒロみたいに少しもじゃもじゃとさせている。
身長は私が見上げるくらいだから、180以上はあると見える。
久しぶりに自分より背の高い男の子を見た。
「ハードがあるっていいですね。家にも、PUMAですが、かけてあります」
彼はにっこりと微笑んで、腰にかけたダーツケースから矢を三本取り出して、綺麗に20トリに一本目を入れて見せた。
二本目・三本目も、吸い込まれるように16・15トリプルに入れた。
「あ、ハードでも入るもんですね」
まるで、馬が出ることは予測してなかったとでも言うような口調だ。
私には入って当然というような表情に見えた。
私より年下で、ダーツがうまいなんて、悔しくて羨ましい。
そして、希望も見えた。
彼が入部してくれたら、ダーツ部も盛り上がるのではないかと思った。
顔も悪くはないから、いい宣伝要素になる…そんなことを考えていると、彼はいつの間にか私の目の前に立っていた。
視界に飛び込んできたネクタイはぐちゃっと結ばれている。きっとネクタイを結ぶのに慣れてないのだろう。
一見しっかりしているように見えて、このネクタイを見ると、彼が可愛く思えた。
「一戦お願いします」
また笑みを浮かべて、拳を軽く突き出した。
私は同じ学校で、強い人と対戦出来るのが嬉しくて、体を武者震いさせた。真剣に矢っている男の子もいるけど、今の所脅威はない。
私と対戦することを嫌がることもある程だ。私が130を打った時には、もう矢りたくないと言われたこともある。
でも、目の前にいる彼は違う。
何かオーラを放っているようにも見えた。
「フォーマットはあるんですか?」
「いや…ハードのルールではあんまりやったことないんだよね」
「そうなんですか。折角だし、ハードルールでやりますか。僕もまだ覚えたばかりなんですけど」
彼は照れ笑いを浮かべ、左頬を右手でポリポリとかいた。
そんな彼は爽やかに見えた。
彼の瞳は茶色がかっていて、外人のようにも見える。
きっと私の友達が彼を見たら、カッコイイ!とはしゃぎたてていただろう。脳裏に浮かぶ光景は、つい口元を緩ませた。
「どうしました?」
「あ、いや、強そうな人と対戦出来るのが嬉しくて」
想像笑いをした、なんて言ったら引かれそうだと思い、適当な言い訳を口にした。でも、これは本音。やっぱり、強い人と対戦した方が、テンションは上がる。
「強くなんてないですよ」
「でも、いきなり馬出したし、フォームも綺麗だし」
「僕は、たまたま親に教育されただけですから。強い人間ではなく、うまい人間ですね」
彼の言わんとしていることが、うまく理解出来なかった。
強いとうまいは別物だということは、なんとなく理解出来るものの、それを寂しそうに口にする理由は、表情を見ただけでは分からなかった。
「すいません、僕寄る所思い出したんで、対戦は入部した時でもいいですか」
「え、あ、うん」
突然鳴り響いたトランスの音楽にはっとした彼は、ケータイを開いて眉をしかめ、すぐにこちらを見てすまなそうに言った。
用事があるなら仕方ないか…
そうは思うものの、対戦が引き延ばされたことは、少し悲しかった。
「僕の番号は、090に20トリ・16トリ・15トリ。最後にこれを足してください」
そう言いながら、私のダーツを借りて、インナーブルに軽く入れた。
「?」
不思議な表情でボードを見ている私に彼は言った。
「クリケナンバーなんで、分かりやすいですよ」
そう言って、颯爽と部室を出て行った。矢はまた後で取りに来ます、と付け加えて。
私はボードの前に立ち、刺さった矢の数字を脳裏に思い描いた。
「20トリは60だから…」
トリプルの数字を繋ぎ合わせていくと、一つの番号が出来上がった。
その番号が合っているのか、すぐに確かめたくて、ケータイを取り出した。
「0906048…」
呟きながら番号を押していく。少したつとメロディーコールが聞こえてきた。誰の曲かは分からない落ち着いた洋楽だった。
1フレーズ鳴る前に、もしもしの声が聞こえた。
「滝沢です。これからもよろしくお願いします」
柔らかな声が機械越しに耳に入ってきた。
その声もまた、大人の色気をかもしだしているように聞こえた。
「滝沢くん?まさか、本当に繋がるとは思ってなかった」
「繋がりますよ!ダーツを知っている人なら、すぐに気づきますしね」
彼は笑いながら、私の疑問に答えた。
私も笑った。まさか、こんな形で、番号を知るとは考えてもみなかったから。
「放課後、よりますね。また電話します」
「うん!待ってるね!」
彼は高校に入りたてとは思えない程、丁寧な応対をして電話を切った。
「早速、顧問の先生に知らせなきゃ!」
私はダーツ部に光が差した、と一人興奮しながら部室を後にした。
ダーツ部は、無くならない。
彼のおかげで、ダーツ部は存続出来る!
勝手に彼は入部したと思い込みながら、顧問のいるであろう第二職員室へダッシュした。
もうホームルームの始まる時間が近づいていたが、構うことはなかった。
ただ、このことを伝えたいがために走った。
ダーツ部を廃部にさせないためだけに。