Gナイン「タクと一緒に戦う」Vへ誓い新た


とにかく…とにかくとにかく、残念で、残念で仕方ない。


掛ける言葉も見つからない…



「キムタク」の愛称と気さくな人柄で、多くの人に慕われた巨人の木村拓也内野守備走塁コーチ(37)が7日、亡くなった。

 木村コーチの遺志を継ぐべく、巨人ナインは優勝への誓いを新たにして、伝統の一戦に臨んだ。一方、他球団からも早すぎる死を惜しむ声が届いた。

 巨人ナインは7日午後、兵庫県芦屋市内の宿舎で木村コーチの遺影に黙とうをささげた後、甲子園球場に向かった。巨人と阪神の球団旗が半旗に掲げられる中、午後4時過ぎ、選手、首脳陣がグラウンドに飛び出し、二塁の守備位置に阿部主将、内海選手会長を中心に集まり、再び黙とう。内海は「タクさんが守っていれば安心して投げられた。調子がいい時も悪い時も声をかけてくれた最高の先輩」としのんだ。練習の間は選手同士で会話する姿もなく、いつもは大きな声が飛び交うノックも無言で淡々と行われた。木村コーチとは同学年という谷は「明るくリーダーシップもあり、人の上に立つ人間と思っていた。これからもタクと一緒に戦う」と誓った。

 両チーム、観客が黙とうをささげ、場内が静寂に包まれる中、試合開始。巨人ナインに加え、広島時代の同僚だった阪神の金本、新井も喪章を付けてプレー。この日、先制打を放った巨人・坂本は「たくさんのことを教えてもらった。ベストを尽くし、チーム一丸となることがタクさんにとってもいいこと」と語った。巨人では23日からの東京ドームでの広島3連戦の1試合を追悼試合とし、ファンと一緒に「お別れの会」を開催することとした。

 この日は、広島ナインも喪章を付けて試合に臨んだ。広島時代に一緒にプレー、倒れた日にも言葉をかわした広島・野村監督は「タクの闘志、野球を愛する気持ちを今の選手たちが受け継いで、野球ができる喜びをもう一度かみしめたい」と話した後、「悔しいです」と唇をかみしめた。

 アテネ五輪でともにプレーしたヤクルト・宮本は「限られた人数の中で内外野やブルペン捕手などチームのため献身的にやってくれた」と思い出を語った。

 昨年まで巨人で一緒に戦った横浜の尾花監督は「去年、マスクをかぶり、ゼロに抑えた時のホッとした顔と得意げな顔。子供みたいな表情が忘れられない」と振り返った。





正直言うと、それほど強く印象が残っていた選手ではなかった。

だが、アテネ五輪で代表に選抜され、正直驚き、


だが、活躍ぶりや、後で聞いた裏方での働きぶりを知り、
大変共感を持った。


その後ジャイアンツに移籍し、オールラウンドプレイヤーとして、
チームの弱点を上手く埋めるような絶妙な活躍。


最も鮮烈だったのは、昨年2009年シーズン、
延長戦で捕手が一人もいなくなり、昔捕手として入団した木村コーチが、
10年ぶりにマスクを被ったこと。


無性に、何故か武者震いしたのを覚えている。


理由は分からないが、妙に感動した。




聞くところによると、原監督が声を掛ける前に防具を着けて準備をしていたそうだ。



また、今回の事で聞いた話だが、



普段から時折、チーム事情を考えブルペンなどで捕手の練習をしていたらしい。



誰に言われるわけでもなく、自ら考えて。
無駄になるかも知れない努力を、こつこつ重ねていた。




ホームランを何百本も打つ人も、ヒットを何千本も打つことも当然尊いが、
私は「職業人」として、木村コーチをひそかに尊敬していた。


私が憧れというか、こう在りたい、という姿を体現して下さっていたからだろう。



心から、お悔やみ申し上げる。



…合掌




下記は読売新聞のコラム。






37746ae1.jpg