今日、仕事後に患者さんと一杯やり、
帰り道の電車内。



六本木駅から大挙して人が乗ってきたが、
場所柄、キレイなオネェちゃんも多数乗ってくる。




そのうちの一人、
着飾って顔立ちも可愛いオネェちゃん…




乗るや否や、
おもむろにバッグから菓子パンを出し、大口開けて食い始めた…






公衆の人前でモノを食う…

という文化は、私が中学生くらいまで(30年余り前)は無かった文化。



とは云っても、時代が違うのは承知している。

それを全否定するつもりも、今さら無い。




だが…




キレイな格好をしたオネェちゃん…


もしかしたら、ついさっきまで彼氏とデートしてたか、
お店で接客していたか…





それが、ものの数分経たぬうちに、電車内で平気でパンを食う…





…何となく、


「この人の、美的感覚基準は、どこにあるのだろう…」


と、感じてしまった。



もはや、車内でモノを食うなとは云わないが、
自分を客観的に見た場合の、いわゆるギャップ…



て、ことは考えないのか……



なぁ~…なんて。







いや、別にみすぼらしい格好の人なら、
車内でモノ食ってもおかしくない、という事でもないんだけど…










ちょっと話を変えるが、
私はトレーナーを目指す人達に対して、
結構、「形」にこだわる。




例えば今は、


「パートナーレジスタンストレーニング」(第三者が抵抗を掛けてのトレーニング)


や、



「パートナーストレッチ」(第三者がストレッチを施す)



などを指導している最中であるが、
無論、手を触れている、その在り方や角度なども大切なのだが、
最も大事なのは、


「姿勢」。


「体づくり」。


「足下の形」。




である、と考えている。





これらがしっかりしていると、
クライアントの身体の状態や抵抗感が手に取るように分かり、
またフレキシブルに身体を自在に動かせ、コントロールも出来る。






つまり、




形にこだわらないのは、
自らの仕事の精度…




言わば、心の在り方まで、全く無頓着で、
意識が全く無い…




という事を意味する…



と、考えるのである。






他人だから、どう見えても構わない…


肝心なのは触れている手だから、他はどうでも関係ない…






自分という人間は、根本的にどう在りたいか…?



自分は、どういう程度の仕事をする人間になりたいのか…?







そこまで考えるのが面倒くさいなら、
そこまで気にする必要も無いし、
それもまた、その人の人生。





しかし、自分の人生は、


「態度」



「立ち振る舞い」



が、かなりの確率で関わる…






私は、そんな気がするのである。