夕刊タブロイド誌にメジャーリーグのスカウトの話が連載されていて、


先日、アマチュア選手の「天然」か「養殖」かの見極めが重要な仕事である、と書いていた。


「養殖選手」とは、少年野球などでコーチからきっちりメニュー管理で鍛えられ、
体が出来上がり、技術も兼ね備えている選手を意味しているようだ。


養殖選手の多くは、すでにピークに達しており、
肉体的に精神的に脆い、というケースが少なくないそうで。


ここまで聞くと、
ではきっちりした環境でやってきた選手は弱い、
という論理になる。


確かに、幼少期から管理された環境でやっていると、
言われたことを言われたままにしかやらない、
いわゆる「口を開けてエサを待っている状態」の選手が育つ傾向にはあるようだ。



対して「天然物」と評される選手は、
粗削りで体力、技術は見劣りするが、伸びしろが見込める選手…



という事らしい。




だが、果たして問題の本質は「養殖」か「天然」か、
という問題だろうか?



理想的なトレーニングや、身体の手入れ、身体の使い方、
しっかり管理された正しい情報を習得する方が良いに決まっている。




つまり、
「養殖物」が問題だ、と云われるのは、
その「管理のされ方」…



要は、「誤った教え」が刷り込まれている事が問題である。




また、管理という側面は、
「無駄の排除」という面を併せ持つ。



だが、あまりに外部が無駄を排除して、ムダを省いたトレーニングばかり用意していると、
自分で全く考えない選手になる。




考えられないから、一人になった時にいざ事が起きた場合、
自分で対処が出来ないような選手に育ってしまう。






あまりに「除菌」「抗菌」とこだわり病的なまでに清潔にこだわり過ぎ、
ちょっとした雑菌に耐えたれないのと似ている。




そうなると、青少年期の指導者の教えというのは、
大変に重いものになる。



大切な事は、


「正解は一つではない」


ということと、





いかに、

「原理」「原則」


を教えられるか。


または、そういうものに出会った時に、
「受け容れられる素養」を育むこと。








つまりは、「物事の考え方、捉え方」。







同じ事象を見ても、

見方、捉え方で全く受け取り方は違う。




その違いが、
場合によっては自分の人生を大きく変えてしまうこともある。







天然か、養殖か、…


は、本質は恐らくそこにあると思われる。