先日、とある患者さんとの話…





起きる起きる、と言われて久しい都心直下型地震の話になった。




もしその時、自分はどこにいるだろうか?と。


ここはやだな~
ここには居たくないな~と。







で、その時に出たのが、
「地下鉄の車内」。







運良く最初の振動では生き延びたとして、
問題はその後。





恐らく大勢の人がとりあえず命が繋がったものの、
地中深く、瓦礫の下。




そう簡単に救助が来るとは考えにくい。







とすると、一週間や二週間はそのまま。
身動きも出来ない可能性が高い。







その中で、人間の生理現象…


「排泄」の問題が生ずる。






動けないわけだし、
当然、垂れ流しにならざるを得ないだろう。








大変、不謹慎なことは承知しているが、
単純に




たまんなく「クセェ~」



だろーな…、と。







…で、最も大地震に遭遇したくない場所は、
地下鉄車内、という結論に。









で、…







そんな話をした数日後、
偶然にも新聞に、
首都圏直下型地震が起きた際のシミュレーション…

特に「トイレ」についての記事があった。








通勤時、電車の中で催したら、次の駅で降りれば良いが、
もし電車が故障などで停まったら…





つまり地震の際は、
少なくともトイレに関しては、そのような状況になる。





中央防災会議、というところが発表したレポートからは、
そういう推察が出来るそうだ。









首都圏で地震が発生した場合、
路上が帰宅者でラッシュ時の電車並みに混雑するらしく、
そうなると23区の全てでトイレが不足。




官公庁の集まる千代田区では、発生後6時間で必要なトイレ数の二割にも満たないらしい。







阪神大震災の被災者が一番困ったのも、
トイレが足りないことだったと言われているそうだ。






だが、問題は、単に数の問題だけではないようで。









日本トイレ研究所代表(こんな研究所があったことに、まずは驚き)の上幸雄(うえこうお)さんは阪神大震災の避難所の光景が忘れられないそうで…







仮設トイレの多くが満タンで使えなくなっていたらしい。



私が子供の時は「バキュームカー」が走り回っていたが、
既に水洗化が及んだ神戸にはバキュームカーが少なく、
いわゆる糞尿の汲み取りが追い付かなかったらしい。







また、4年前の新潟中越地震の際も、
いわゆるエコノミークラス症候群で亡くなった人がいたらしく、
その一人が避難所の汚いトイレを使わずに済むように極力水分を控えていたことが分かり、
それが発症の一因になった可能性がクローズアップされた。


11月の7、8日に開催された全国トイレシンポジウムで、
基調講演された泌尿器科医の吉川羊子さんによる問題提起である。











どちらも、
「緊急事態なんだし、そこらの道端でやっちゃえば済むのに…」
とは簡単には言えるが、
事はそう単純ではない。





完璧に近代化された文明人である我々が、
緊急事態だから道端でところ構わず…
と言っても、
現代人には口で言うほど簡単ではない…





…ことは推察出来る。







実は、排泄を我慢し過ぎると、
身体に重大な障害をもたらす事がある。






だが、我々現代人は「清潔」になり過ぎて、
少し標準から外れると、対処出来なくなってしまっているようだ。





今や水洗は当たり前、
下手をするとウォシュレットでないと出来ない…

なんて人もいる。





一昔前前、
私の幼少期(高校ぐらいまで)は、いわゆる汲み取り式。

のぞけば他人の糞尿が見え、臭いはもちろん。


それでも、そんなものと考えればそんなもの。





今では和式トイレが使えない子供も増えている、と聞く。
ウォシュレットも当たり前。





こんな子供たちが、緊急時に用が足せるか…






記事には、日頃から
様々な用の足し方を経験しておくべき、と提言している。




一番、現実的なのはアウトドアのレクリエーションの活用だと。






キャンプなどで、山小屋やバンガローなどのトイレに入ったり、
蜘蛛の巣の張った場所や、紙しかない臭いトイレも、
または携帯簡易トイレも経験しておくべき、
ということだろう。









だが…








私も随分、アウトドアには凝ったことがあるが、
最近はキャンプ場でも水洗が当たり前になってきており、
そうでないと予約が入らないらしい。












大切なことは分かっちゃいるが、
実際に心がけるのは現実は難しい…







山岳家や、冒険家の方々には、
こういうところでも体験を語っていただき、
ぜひ活躍していただきたい分野である。






排泄、というのは、
ともすると人間の尊厳にも関わる事である。








自分の手で食事をし、
自分で歩きトイレに行き、排泄をする…


と言うのが人間の最低限の尊厳で、
それが出来ないと、生物学的には別にして、社会的には人間でなくなってしまう感覚さえ持ってしまうのかも知れない。








だが、緊急事態に於いては、
その線引きをシフトチェンジすることが必要になりそうだ。










やはり、人間にとっては、
たかがトイレ、されどトイレ、である。