新聞の記事で、
「朝青龍の品格欠落はインセンティブがないため」との見解を読んで、妙に納得した。
横綱に「品格」が求められるが、
よく考えると基本的に相撲しかしてこないで、
若くして付き人など付いて、
取巻きにチヤホヤされて、一般常識が欠落した20代の若造に品格などを求めること自体、論理的に無理がある。
では過去の横綱たちには何故、品格(らしきもの?)があったかと言えば、
(朝青龍に比べ)
それは引退後も協会に残り相撲の発展に貢献したい
(または食いっぱぐれ無い生活を確保したい)
との考えがあり、それがいわゆるインセンティブ(動機づけ)になっていた、ということである。
何の見返りもなく「品格」を持つ、というのも理屈の上では有り得るが、現実は難しい。
得られるものがあるから、少なくとも「品格」を持とう、または持っていると見えるように努めよう、とするのであろう。
会社員も同じであって、会社の求める方向性に著しく外れないように振る舞うことが、
会社の求める「品格」に繋がり、そういう辛抱をすることで、出世したり、生涯雇用が得られたりする。
私のように、その会社に骨を埋める気が無ければ、おかしなことにはおかしいと言えるし、
バカバカしい慣習には背を向けることも出来た。だが私が世間に背を向けたかと言えばそんなことは無く、
世間の常識とは会社の常識とは離れたところにある事が多かった為、
おかげで私の場合は会社外の世界で何とか生きていられる。
世間的な、あるいは業界的な、最低限の「品格」はスレスレあったようだ。(笑)
つまり、朝青龍には
将来協会に残ろうとか、相撲で安泰に暮らそうとか、そういうインセンティブを持ち合わせていなかった、ということだろう。
だから「品格」など考える必要性もなかった。
その部分だけは、私に近いかも知れない。
恐らく、サッカーに興じたように見えた例の件も、怪我をしていたのは事実だろうが、
(無理すれば巡業に参加出来なくもないレベルの怪我)
本人的には、頼まれたから、チャリティーだから、と
「怪我をおして」チャリティーに協力したのに…
そこまでしてボランティア精神で協力したのに…なんで?
という感覚なのだろう。
だから、謝ろうなんて気には到底ならない。
それが、相撲界だけの常識から外れた行為ならばまだしも、
少なくとも(モンゴルの慣習は分からないが)日本での一般的感覚からは大きく外れてしまった。
「無理して巡業参加できるレベルなら、そっち優先しろよ~。
それをしないなら、せめて嘘をつき通せよ~」
という感覚。
だから、誰も彼の擁護をしない。
ま、少なくとも、
彼の中に相撲という一つの「文化」に対する愛情も尊敬も無いことは確か。
金を稼げる「プロ相撲競技」には興味はあるだろうが。
インセンティブを持っていない人に、「品格」を求めても本末転倒である。
「朝青龍の品格欠落はインセンティブがないため」との見解を読んで、妙に納得した。
横綱に「品格」が求められるが、
よく考えると基本的に相撲しかしてこないで、
若くして付き人など付いて、
取巻きにチヤホヤされて、一般常識が欠落した20代の若造に品格などを求めること自体、論理的に無理がある。
では過去の横綱たちには何故、品格(らしきもの?)があったかと言えば、
(朝青龍に比べ)
それは引退後も協会に残り相撲の発展に貢献したい
(または食いっぱぐれ無い生活を確保したい)
との考えがあり、それがいわゆるインセンティブ(動機づけ)になっていた、ということである。
何の見返りもなく「品格」を持つ、というのも理屈の上では有り得るが、現実は難しい。
得られるものがあるから、少なくとも「品格」を持とう、または持っていると見えるように努めよう、とするのであろう。
会社員も同じであって、会社の求める方向性に著しく外れないように振る舞うことが、
会社の求める「品格」に繋がり、そういう辛抱をすることで、出世したり、生涯雇用が得られたりする。
私のように、その会社に骨を埋める気が無ければ、おかしなことにはおかしいと言えるし、
バカバカしい慣習には背を向けることも出来た。だが私が世間に背を向けたかと言えばそんなことは無く、
世間の常識とは会社の常識とは離れたところにある事が多かった為、
おかげで私の場合は会社外の世界で何とか生きていられる。
世間的な、あるいは業界的な、最低限の「品格」はスレスレあったようだ。(笑)
つまり、朝青龍には
将来協会に残ろうとか、相撲で安泰に暮らそうとか、そういうインセンティブを持ち合わせていなかった、ということだろう。
だから「品格」など考える必要性もなかった。
その部分だけは、私に近いかも知れない。
恐らく、サッカーに興じたように見えた例の件も、怪我をしていたのは事実だろうが、
(無理すれば巡業に参加出来なくもないレベルの怪我)
本人的には、頼まれたから、チャリティーだから、と
「怪我をおして」チャリティーに協力したのに…
そこまでしてボランティア精神で協力したのに…なんで?
という感覚なのだろう。
だから、謝ろうなんて気には到底ならない。
それが、相撲界だけの常識から外れた行為ならばまだしも、
少なくとも(モンゴルの慣習は分からないが)日本での一般的感覚からは大きく外れてしまった。
「無理して巡業参加できるレベルなら、そっち優先しろよ~。
それをしないなら、せめて嘘をつき通せよ~」
という感覚。
だから、誰も彼の擁護をしない。
ま、少なくとも、
彼の中に相撲という一つの「文化」に対する愛情も尊敬も無いことは確か。
金を稼げる「プロ相撲競技」には興味はあるだろうが。
インセンティブを持っていない人に、「品格」を求めても本末転倒である。