私がコンディショニングなどに用いる技法の、
理念の根幹をなすものが「循環」と「配分」であることは、以前に書いた通り。



今日、とあるところで
「風邪をひいたときの養生法」の基本の話をした時に、
この配分と循環に触れた。



風邪をひいた時、何故昔から横になれ、
と言われるかというと、
横になれば全身に血液を回すのに、重力という外力が加わらなくなり、
身体に負担なく循環させられるからである。



また、筋を余計に働かせずに済み、
筋に血液を配分せずによくなり、結果として身体を早く元に戻すために肝臓や腎臓へ血液を配分させやすくなる、ということになる。
風邪の時は消化の良いものを少量摂れ、というのも胃に余計な血液配分をせずに、という意味である。


アスリートが、暴飲暴食はいかん、早く寝ないといかん、
というのも筋の成長や修復の為に、適切な配分と循環のジャマをするな、という戒めである。


つまり、長年根付いてきた「観念」には、やはり何らかの「理屈」がある、ということに他ならない。



ただ、こんな話をしても、
残念ながら聞いてる側は、眼を輝かせ聞く者もいれば、
「へ~」とピンと来ることもなく聞き流す者もいる。
手前味噌だが、この事はコンディショニングを考える上でかなり重要なことである。



だが、そのことに気付かない人間もいる。
「情報」が「知識」→「武器」にまでならない瞬間である。



関東地方では現在、「ドラゴン桜」というドラマを再放送している。
東大受験をテーマにした、私も大好きなドラマだが、
たまたま時間が空いた時に偶然観た。


丁度、東大受験の英作文をテーマにした回で、
東大の英作文は「減点法」。
つまり、求められているテーマに対して間違っていなければ、減点はされない。
満点をとることも可能、ということである。



このことを知らなければ、
「東大の試験だし、出来るだけ難しい単語や構文を使った方が加点されるだろう」と考えるだろうが、
それが不完全だとバシバシ減点される。
それよりは、例え中学生レベルの英語でもミスなく仕上げた方が、
結局は減点のしようがなく、点数は取れる、
というわけだ。



ドラマの中でも阿部寛さん扮する主人公が説いているが、
「情報は力である」ということ。
そのことを「知る」と「知らぬ」では天と地ほどの差が生ずる、というわけだ。
たかがそれだけのことで、というものが大きな力の差になる。



だが、同じ情報を与えても、
「情報=力」という認識がなく、
また「ピン」とインスピレーションが来るだけの感覚が無いと、その事に気付かぬまま流してしまう。


実に恐ろしいことである、と言わざるを得ない。


学生がよく、
「卒業してから、学校にいる時にもっと授業を真剣に聞いておけばよかった」
と口にするが、
やはり痛い目を見ないと人間は学習出来ないようである。
いや、そのことに気付くだけ、まだマシ。



ドラゴン桜の中でも主人公が説いている。



重大な失敗をやらかした人間に対して、
主人公がこれでもかと徹底的に叱咤するのだが、それに対して周囲は「言い過ぎでは?」とたしなめたことに対して、


「敗者は徹底的に叩く!
何故なら人は失敗や負けた時にしか他人の言葉が身に染みないからだ!」
と。




確かにそうかも知れない…




「情報」は力である。
また、その「情報」の重要性に気付く感性も「力」。


人は、まずそのことに「気付く」ために勉強すべきなのかも知れない。