ヤンキースの松井秀喜選手が、最近は打撃が安定して来ているようで、一安心といった感じ。


だが、野球選手としての彼の素晴らしさは、実はむしろ守備にあるような気がする。



野球に詳しい人はご存知と思うが、
外野手は自分のところに打球が飛んだ時だけが仕事なのではなく、
「バックアップ」という重要な仕事がある。


つまり、内野ゴロなどで内野間でボールがやり取りされたり、
ダブルプレーやキャッチャーから二塁への送球など、常に悪送球やエラーなどの危険がつきまとう。


そのため、必ず送球が行われるラインの延長線上に回り込み、万が一に備える「バックアップ」が外野手の重要な仕事なのである。


私も全てのメジャーリーグ中継を見ているわけではないので何とも言えないが、
ヒイキ目、という意味ではなく、明らかに松井秀喜選手のバックアップに関わる運動量は多い。


送球が行われる受け手側の背後には、
ほとんどど言って良いほど松井選手が走り込んでいる。
明らかに他の外野手より多いと思われる。


彼はそれに対し、あるインタビューで、
「仕事だから当然」といった主旨のコメントを残している。



私は最近、年のせいか、いわゆる「無駄に終わる可能性があっても、責任を果たすべく、身を粉にし一心不乱に取り組む人」に、
思わず涙することがある。
アスリートでも、ドラマや映画でも。



それが出来るのは、損得などの「理屈」で考えているのではなく、
いくつかの挫折や「痛い目」を通して、
「それがやらなければならない自分の責任」ということが心底から湧き出た結果であり、
私が思わず涙するのは、そこには様々な経緯があったと推察できるからである。



その大部分は徒労に終わる。
いや、むしろ徒労に終わった方が、チームや組織の為には良いのだ。



これも推察だが、
ニューヨークのファンやチームメイト、
指揮官のトーリ監督から絶大な信頼を得ているのは、恐らく松井秀喜選手のそのような姿勢ではなかろうか。
言ってみれば、「男気」。
いや、これでは女性に失礼なので、「心意気」とするべきか。



私は、「心意気」とか「意気に感ず」という感覚が好きである。


仕事も、
もちろん綺麗事ばかりは言ってられないが、
やはり最後は「心意気」で仕事をしたいのである。



これからも、
「心意気」を感じる人と出会いたいし、
「意気に感じ」て仕事をしたいものだ。


また、自分も常に、
損得勘定抜きで、
「責任を果たす」「一心不乱な」仕事人でいたいと思うのである。



松井秀喜選手のように。