最近の新聞紙面を見ると、以前と様相が変わったことに気付く。
三面記事ページを見ると、毎日のように「おわび広告」が。
特にこの日はキッコーマンでミスが発覚し、
(健康食品の材料に禁じられているガンマ線を照射した疑い)
キッコーマンと商品を提供していたノエビア、ファンケル、資生堂などの有名企業が紙面のかなりを占めて一斉におわび広告。
今日に限らずのおわび広告の多さだが、
これは「潔く早めにミスを認める」というご立派な意味ではない、というのは周知の事実。
以前にミスをひた隠しにした企業が結果的に致命的なイメージダウンに繋がり、
業績不振からなかなか回復出来ない状況があり、
その後、別の企業がその事を教訓に、
早め早めに事実を明らかにし、結果としてミスを犯したにもかかわらず、企業イメージが上がった。
その例を見習っての、
いわば「狙ったおわび広告」が最近のモノだ。
もちろん、ミスや不祥事は早く明らかにすべきなのは当然だが、
「とりあえず謝っとけ」
「謝りゃいいんだろ」
の安易さがミエミエで、あまり愉快な状況ではない。
ミスは人間である以上、仕方ないこともあるし、二度と起きないようにしてもらえば良いのだが、
不祥事となると話は別だ。
まあミスも広い意味では不祥事になるわけだが…
新聞やニュースで、企業や団体の不祥事を聞かない日はないくらい、
最近の日本の状況は危機的とさえ思えてくる。
恐らく、個人のモラル低下も、
こういった企業の姿勢が反映された結果としての象徴のようなものかも知れない。
個人が先か、企業が先かは分からないが。
話はやや飛ぶが、
先日エスカレーターに立っていると、右脇の空いているところを皆が歩いて通過していた。
それは良しとして、一人の女子高生がテニスラケットを背中でタスキ掛けに背負って歩いていたのだが、
かなり斜めになっていて、身体からかなりはみだしている。
当然、そのまま歩いたらエスカレーターに立っている人にバチバチぶつかるわけで、
その女子高生は脇目も振らず身体を斜めにするでもなく、「スイマセン」の一言もなく、
ひたすら前だけを見て進んでいくのであった。
あまりにも目に余ったので、私が一言
「オネェさん、ラケットもう少し立てるとかしないとぶつかってるでしょ。それにぶつかってたら一言何か言った方が良いんじゃない?」
と言ったら、この世のものとは思えない能面のような顔で射すような視線で睨まれ、
「チッ!…っせぇな…」と捨て台詞を残し、相変わらずバチバチぶつかりながら去って行った。
些細な出来事だが、
何故かこの時、「日本はこのままだとヤベェな…」
と感じたのであった。
この少し前のエントリーで、「儲かる」と「役に立つ」と二者択一が企業モラルを決める、というような内容を書いた。
今日、日本がここまでの状況になってしまったのは、
「消費させる、消費する、ということが最も美徳」とも言える刷り込みが要因と思われる。
つまり間違った「お客様は神様」解釈である。
個人レベルでは色々なものを購入することを目指し、
他人が持っているものは自分も持っていないと満足出来ず…となり。
同時に、「金を払っている以上、こっちゃあお客様」とばかりに、
必要以上に自分を二段、三段上に置くような勘違いぶり。
だから、私が高校生ぐらいのころはそれほど所持金もなく、今ほど消費者になるチャンスはなかったが、
今は高校生も立派なお客様になれている。
だから勘違いが起こる。
企業は企業で、そういう消費者の目をいかに欺き、
お得感を演出しつつ、実は大きな利益を獲得するか、に知恵をギリギリのラインで絞る。
あくまで第一に「儲ける」ために。
誤解を恐れずに言えば、
企業とは、バレない程度に消費者をソーッと騙し、下請けや取引先に無理難題を言って泣かせ、自分の会社だけが儲かるように仕向ける存在、
とも表現できる。
また、そういうことが上手い社員が会社から認められ、
事実、出世していくものである。
そう考えると、企業での会議は、
消費者をどの程度まで欺くか?またはその方法は?を考え、話し合う場である、
とまで言っては言い過ぎか?
これだけ企業がとんでもないことをやっていることが発覚すると、
こう考えた方がむしろつじつまが合うような気さえする。
企業とは、基本的には消費者をダマす存在なのか…
三面記事ページを見ると、毎日のように「おわび広告」が。
特にこの日はキッコーマンでミスが発覚し、
(健康食品の材料に禁じられているガンマ線を照射した疑い)
キッコーマンと商品を提供していたノエビア、ファンケル、資生堂などの有名企業が紙面のかなりを占めて一斉におわび広告。
今日に限らずのおわび広告の多さだが、
これは「潔く早めにミスを認める」というご立派な意味ではない、というのは周知の事実。
以前にミスをひた隠しにした企業が結果的に致命的なイメージダウンに繋がり、
業績不振からなかなか回復出来ない状況があり、
その後、別の企業がその事を教訓に、
早め早めに事実を明らかにし、結果としてミスを犯したにもかかわらず、企業イメージが上がった。
その例を見習っての、
いわば「狙ったおわび広告」が最近のモノだ。
もちろん、ミスや不祥事は早く明らかにすべきなのは当然だが、
「とりあえず謝っとけ」
「謝りゃいいんだろ」
の安易さがミエミエで、あまり愉快な状況ではない。
ミスは人間である以上、仕方ないこともあるし、二度と起きないようにしてもらえば良いのだが、
不祥事となると話は別だ。
まあミスも広い意味では不祥事になるわけだが…
新聞やニュースで、企業や団体の不祥事を聞かない日はないくらい、
最近の日本の状況は危機的とさえ思えてくる。
恐らく、個人のモラル低下も、
こういった企業の姿勢が反映された結果としての象徴のようなものかも知れない。
個人が先か、企業が先かは分からないが。
話はやや飛ぶが、
先日エスカレーターに立っていると、右脇の空いているところを皆が歩いて通過していた。
それは良しとして、一人の女子高生がテニスラケットを背中でタスキ掛けに背負って歩いていたのだが、
かなり斜めになっていて、身体からかなりはみだしている。
当然、そのまま歩いたらエスカレーターに立っている人にバチバチぶつかるわけで、
その女子高生は脇目も振らず身体を斜めにするでもなく、「スイマセン」の一言もなく、
ひたすら前だけを見て進んでいくのであった。
あまりにも目に余ったので、私が一言
「オネェさん、ラケットもう少し立てるとかしないとぶつかってるでしょ。それにぶつかってたら一言何か言った方が良いんじゃない?」
と言ったら、この世のものとは思えない能面のような顔で射すような視線で睨まれ、
「チッ!…っせぇな…」と捨て台詞を残し、相変わらずバチバチぶつかりながら去って行った。
些細な出来事だが、
何故かこの時、「日本はこのままだとヤベェな…」
と感じたのであった。
この少し前のエントリーで、「儲かる」と「役に立つ」と二者択一が企業モラルを決める、というような内容を書いた。
今日、日本がここまでの状況になってしまったのは、
「消費させる、消費する、ということが最も美徳」とも言える刷り込みが要因と思われる。
つまり間違った「お客様は神様」解釈である。
個人レベルでは色々なものを購入することを目指し、
他人が持っているものは自分も持っていないと満足出来ず…となり。
同時に、「金を払っている以上、こっちゃあお客様」とばかりに、
必要以上に自分を二段、三段上に置くような勘違いぶり。
だから、私が高校生ぐらいのころはそれほど所持金もなく、今ほど消費者になるチャンスはなかったが、
今は高校生も立派なお客様になれている。
だから勘違いが起こる。
企業は企業で、そういう消費者の目をいかに欺き、
お得感を演出しつつ、実は大きな利益を獲得するか、に知恵をギリギリのラインで絞る。
あくまで第一に「儲ける」ために。
誤解を恐れずに言えば、
企業とは、バレない程度に消費者をソーッと騙し、下請けや取引先に無理難題を言って泣かせ、自分の会社だけが儲かるように仕向ける存在、
とも表現できる。
また、そういうことが上手い社員が会社から認められ、
事実、出世していくものである。
そう考えると、企業での会議は、
消費者をどの程度まで欺くか?またはその方法は?を考え、話し合う場である、
とまで言っては言い過ぎか?
これだけ企業がとんでもないことをやっていることが発覚すると、
こう考えた方がむしろつじつまが合うような気さえする。
企業とは、基本的には消費者をダマす存在なのか…