私は仕事の一環で、
フィットネスクラブやトレーナーを目指す人の為の研修などを受けている。
それがここ最近、偶然にも立て続けにフィットネスクラブの研修依頼が来ている。

以前にも書いたことがあったが 、どこも人材教育には頭を悩ましているらしい。


時間さえ合えば、これらの依頼を受けるのはやぶさかでは無いが、
個人的な気持ちからすると、単発で様々な研修を実施して果たしてどれほどの効果があるだろうか?と疑問を持つことも多い。


本来は、そのクラブ(個人なら個人)が、「どのようなクラブを目指すのか?」
がまず明確になっていて、
その理想の為にはどのようなスタッフが居るべきで、
そのようなスタッフにするためにはどのような教育が必要で…との順序で考えていくのが論理的である。
やみくもに、「勉強になるから」「知識は持って損はないから」では
会社の自己満足に終わる可能性が高い。
そこから自らのモチベーションに繋げられる人材は、恐らく一人でも勉強していける人材だ。
きっと他社からも評価されるに違いない。



もちろん、仕事だから依頼があれば受けるのだが、
企業としてはそこを引き続き構築してほしいものだ。





そんなことを考えていたら、
先日、格闘技の「PRIDE」大会のあと、
出場選手の関係者と会食した時に感じたことを思い出した。


格闘技においても、「勝つ為に新しい技や戦術の習得を」と考えがちだ。
選手本人もそうだが、特に周囲のスタッフの方々が。


これはあながち間違いではないが、
先ほどのフィットネスクラブの研修と同様、
「自分はどう戦いたいのか?どのようなスタイルで勝ちたいのか?」
がまずはありきで、
その為には現状で自分に足りないのはどのような技術で、
その習得にはどの方法論が自分に最も適切か?…という論理構成になるであろう。
いわば「戦いの設計図」があって、そこから必要なものを取捨選択するのである。
限られた時間の中で勝つ技術を身に付けるには、無駄な時間を極力排除しなければならない。
格闘技(特に打撃技術)においては、
究極的に目指すところは、



「不意打ち」
(“寝込み”を襲えば、どんな相手でも勝てる。いかにそれに近い状態を作れるか?
 “フェイント”は、そのための一つの方法論である。)


「不動打ち」
(相手を縛り付けて襲えば、どんな相手でも勝てる。いかにそれに近い状態を作れるか?)



以上の2点である。
この為に自分はどうするのか?の方法論を、
それぞれに合った形で構築するのである。



話がかなり散らばってしまったが、
「教育・研修」と「格闘技の戦術・技術習得」。
どちらも、まずは“どうしたいのか?”の「全体構成」と、
それに向けた「設計」が重要なのだ。

「設計図」が描ければ、答えは自ずと見えてくる。