先週のドラマ「ドラゴン桜」で、「正しく“読む”」ということを説いていた。
様々な文や事象から、その背景や意図を「読み取る」、あるいは「読み取ろうとする」意識が好奇心を育み、
ひいてはそれが論理的思考や構成力を身につけることになる、ということであった。


このドラマ、なかなか素晴らしい。
影響されて、先日原作も読んでみたが、非常に勉強になった。
受験、ということに限らず、物事の考え方全般について、
様々なことを示してくれている。
特に若い人には是非お勧めしたい。


さて、それに関連して、
学生を含めた若者に接する中で、
ドラマでも言っていた通り、日本語力の著しい欠如を感じる。
それほど高尚なことではなく、
例えば「箇所・部位」を尋ねているのに、「形容詞」で返答されたり、といったレベルの話である。


この世の中、どんな学問でも仕事をするにも、
言語や文章をやりとり出来なければ話にならないことは言うまでもない。
それが成人した大人でも、
書いてある意図が読めずに、トンチンカンな応答になっている現状を日々感じざるを得ない。



「ドラゴン桜」の中でも言っていたが、
本を読めば日本語力が付くかと言えば、そうとは言えない。
様々なことに「好奇心」を持ち、
「何故か?」「どうしてか?」と、自らの知的好奇心を刺激していくことが大切だ。


会社員はもちろんだが、
何かのプロとして自らをプロデュースしていこうとしている人間ならば、なおさら日本語力が必要とされる。


昨今、学力低下が叫ばれているようだが、
二十歳代の若者を見ていると、
やはり小学生~中学生にかけて、
「知的好奇心」を育むと共に「日本語力」の習熟が必要だと強く感じる今日この頃である。