20050827205153.jpg ベストセラーになった「さおだけ屋はなぜ潰れないのか」。

私もすでに読んだが、
今日、本屋で帯を見ると「80万部突破」とのこと。
随分、売れましたな~
ま、ここでは内容の詳細については良いでしょう。







自分にはこのような本は書けないので、あまり偉そうに言えないが、
内容的には冷静に読むと、特別新たなことは書いていないとも言える。
もちろん、「経営・・営業・マーケティング」を会計士の知識を生かし、
尚且つ、一般の人に興味を持たせるように書いた手法は、
非常に「上手い!」と思う。


書いてある内容のエッセンスを集約すると、
恐らく過去に出版されている「営業」関係の本と変わらない。
だがこの本は爆発的に売れている。
この違いは、要するに「モノの見方を変えた」ことに他ならない。
つまり一般論から入るのではなく、
恐らく多くの人が「さおだけ屋って、確かに買っている人を見た事ないよな~」
と一度は思ったことがあるだろう、という「視点」から内容を“設計”した事が秀逸であったのだろう。
言わば、「同じモノでも、見方を変えると違うものに見える、聞こえる」
ということだ。
モノを売る場合は、「ユーザーの感覚・視点に立った内容設計」がポイントになる。


これは私のような「指導」を生業とする者も同様。
例えば、同じトレーニングプログラムを指導するのでも、

「どこが、何が、ポイントか?」
「その選手は、この内容のどこを力点において説明すればモチベーションが高まるか?」
「感覚的に実感しやすい他の例を挙げて説明できないか?」
「大多数の人間が最も“分かりにくい”ポイントはどこか?」

について、トレーナーとしての自分のキャラクターと、指導対象の選手の個人的資質を鑑みて、
これらをクリアできる「視点・観点」でプレゼン出来ることが重要なのである。
スポーツにおけるコーチも同様だろうし、
私の他の仕事である「施術」も、フィットネスクラブのアドバイザーも同様だ。


先の「さおだけ屋~」も、今までの書物と同様の観点で書かれていたら、
その他大勢の本の中に埋没したに違いない。
そのものの内容について「オリジナリティ」という事が存在することよりも、
「モノの見かた・考え方」を変えてみる事こそが、
ほとんどの場合「オリジナリティ」になるのだと思う。


前述の中に「特別、新たなことは書いてない」などと作者に失礼なことを書いたが、
「コロンブスの卵」同様、「視点を変える」ことが最も難しく、
それこそが「己独自のオリジナル」であり、
そこに価値を見出されれば、多くの人により“対価”が発生する。
そういう意味で、作者の方には尊敬の念を抱くのである。


逆に考えると、全くの白紙から「オリジナル」を生み出すことは非常に困難であり、
そこには必ず先人達の教えがベースになるはずである。
つまり「基本なくしてオリジナルは無し」。
「独自の、自分オリジナルの、」とばかりに走らず、
基本をみっちり学習することによって、そこから「オリジナル」が生まれるのであろう。


「基本が大事」。

昔の人は、善く言ったものだ。



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