専門学校で教鞭をとっている“セミプロ”非常勤講師として、

学生諸君に対している中で私が唯一こだわっている、

「厳しいところはやたら厳しい」わけシリーズ の③。



①挨拶(礼)。
②こちらが何度も話をしている事柄について、同じ質問してくること。
③“無礼”な態度。
④泣きつき。

のうち、
今回は3つ目の「無礼な態度」。


当たり前だろ、と思う方も多いかも知れないが、
昨今の若者は信じられない態度をとる者も多く、
職業訓練校としての側面が強い専門学校においては、
そこを細かく指導していると講義が進まない現状もあり、
仕方なく目をつぶる講師も多いようだ。

無礼な態度とは、一例を挙げると、
「携帯をいじる」
「授業中にガムを噛む」
「ルールを守らないばかりか、ふてくされて逆ギレする」
「堂々と講義中に、目の前で寝る」
などなど…

このような態度については、状況にもよるが、
妥協せずに注意をし、場合によっては退出を命じている。


はっきり言えば、それを注意するのに「理由」などなく、どれも対人関係として当たり前なのだが、
今は当たり前が当たり前として通用しなくなっているらしい。
最悪の場合には、「何が悪りぃんだ!他人に迷惑掛けてねえし!」とくる。
内心は「こんのやろー」と、イメージの中ではウエスタンラリアートを100mぐらい助走して
お見舞いしているが、実際にそんなことをしても何の解決にもならない。


確かに無礼な態度は「ルールを守らない」「他人に迷惑をかける」となる可能性があり、
そのような視点で注意を促すこともあるが、
私が考える「何故、無礼な態度をとってはならないか」は、別の観点である。


理由はただ一つ。「自分が損をするから」。



以前に人脈について書いたことがあったが 、

人なんてものはどこでどう繋がるか、本当に分からない。
数年後、数ヵ月後にひょんな繋がりが生まれるものだ。
人脈とは知りあった人間の数ではなく、出会った人間に対して、
どれだけ真摯に向き合って、対応してきたかの積み重ねである。
名刺を配り歩いて顔をつないだのが人脈ではない。


人は結局は一人では何も出来ないので、
他人に助けられたり、引っ張ってもらったり、紹介してもらったり、
その連続である。
目の前の人間を大切に出来ない人間は、結局は何事も成せない。


目の前にいる人間に安易に無礼な態度をとって、
その人間に数年後に仕事上で出会う、ということは可能性として十分有り得るのである。
ましてや同じような業界にいることになるわけで。
実際に、態度の悪かった卒業生に数年後に会うこともあり、
相手は相当にバツの悪い顔をしていた。
何せ、そこの社長が私の友人だったので、当然だ。
(別に悪い情報は流してませんよ。そんな根性悪ではありましぇん。)


それと、態度は「顔」をつくる。
「自分に利害関係にある人間だけ良い対応して、それ意外は無礼な態度」
と考えても、不思議なものでそう便利にはいかないもの。
そういう態度は、いつしか全ての行動に影響を及ぼし、
最後は「顔」に表れる。
もし、就職試験などを受ければ、いくら繕っても
百選練磨の人事部のオッさんなどに掛かれば、一発で見ぬかれてしまうもの。


よく芸能人で、若いときは良い顔(色男とか美人、とは別の意味で)をしていたのに、
芸能情報で知る限りではあまりまっとうな人生を歩んでいない状況を続けていると、
見事に「品の無い顔」に変わってしまった例を見ることがあるだろう。


誰とは言わないけれど…


どうしてもこのシリーズでは説教じみてしまうが、
ま、こんなわけで「無礼者」には厳しくしてるわけでございます。


分かってくれないかなぁ…



<関連エントリー>

トレーナー業における「運」と「人脈」とは?


“態度教育”という概念


「厳しいところはやたら厳しい」わけ。①


「厳しいところはやたら厳しい」わけ。②