今週号のアエラを読んでいて目に留まった記事。
「雇用バブル『希望格差』職場」。
IT企業を支える工場の労働力のほとんどが、
正社員でなく、「請負会社」からの派遣スタッフだということだ。
要は“日雇い労働者”で、企業が採用・労務管理などを外注しているようなもので、
雇用の調整を外部委託している仕組みである。
仕組み上は請負会社の社員だが、基本的には「ピンハネ業」であるため、
コストを減らすために保険にも入らず、有給休暇も有形無実。
それでも仕事が欲しい人は我慢して厳しい労働条件にさらされているらしい。
おまけに、将来の展望も無ければ、補償もない。
だが「有効求人倍率」という数字のマジック上では、
“仕事数は十分にある”ということになる。
あるフリージャーナリストが、その労働現場に従事し、体験ルポを書いたそうだ。
「アマゾン・ドットコムの光と影」という本。
私もちょっと読んでみた。
作業は、全国から受注を受けた商品を、
約100万点の在庫から探し出し梱包するということを延々とやるもの。
ネットショップの最前線も、結局は人海戦術という「超アナログ」というわけだ。
驚いたのは、全員にノルマがあるらしく、
一分で三冊。
梱包する際に必要事項を端末に入力すると、
「只今の作業スピード・一分あたり~冊」
と表示されるらしい。
まさに「作業マシン」と化すわけだ。
また普通の職場では当然問題になるような、
労働条件に関わる約束事の不履行も横行していて、
そのことを同僚に水を向けても「そんなもんでしょ」と。
皆が「怒る」ことすら忘れ、完璧な諦めムードだと言うのだ。
アエラの記事にもあったが、
「アマゾンで本を買う人」と、
「それを梱包すべく働く人」
とは別人種で、全く異なる階層になってしまっているのだろう。
また、そこで働く人は、“怒り”という、
エネルギーの発し方まで忘れてしまっているのが問題だ。。
最近、日本は外交問題でケチをつけられ続けているが、
腰の引けた対応は、こんなところに日本の国力の弱さの根っこがあるのかも。
怒りを忘れた日本人。
だが、「怒り」も一つのエネルギーの形態である。
少々、話が大きくなったが、
せめて「怒り」を忘れないでいられる環境に身を置いていたいものだ。