さて、前回は「スポーツトレーナーって?」の概略を解説した。
以前にもお断りした通り、あくまでも“概略”であるので、
その辺りはご容赦願いたい。
前回のエントリーの最後で、
「これは日本における「トレーナー」の発生形態が特殊な経緯をたどったことに…」と書いた。
アメリカでは最初から“トレーナーはトレーナーとして”発展していった経緯があるが、
日本の場合は少々、スタートの事情が異なる。
私は現在の「スポーツトレーナー」としての仕事(形態は変化しつつも)を始めて、
およそ23年ほどになる。
初めてこのような仕事を意識したのは、高校生の頃だ。
だが、初めて「トレーナー」という仕事があることを知ったのは、
恐らく小学生~中学生の頃ではないだろうか?
定かでないが、およそ30~35年ほど前だろう。
日本に初めて会員制スポーツクラブ
(当時は「アスレティッククラブ」「ヘルスクラブ」。古っる~)
が出来たのが昭和45年のはずなので、ほぼ同時期と思われる。
(YMCAのような半公共的なものは、もう少し前だったはず。)
日本のスポーツ文化が、大きく動いた時代だったようだ。
当時は日本でスポーツと言えば「野球」か「相撲」で、
特に野球は巨人戦が毎日のように放映されていたので、
最も目にしていたスポーツだ。
(巨人・大鵬・卵焼き、の時代。若い人は知らねえだろ~な~。)
それで、選手がデッドボールを受けたりすると、
コールドスプレーを持って、一塁に走っていくジャージ姿のおじさんの姿を何度も目にした。
これが初めて見た「トレーナー」の姿だった。
「小守トレーナー」という方で、
この方が日本最初のトレーナーかどうかは定かでないが、
ほぼ「草分け」的な方だと思う。
私のトレーナーの師匠も、この小守先生に師事していたらしい。
この小守先生は、確か「マッサージ師」の方で、
(鍼灸の資格をお持ちだったかは不明。誰か教えてください。)
後で調べてみると、日本に「トレーナー」というものを導入する際、
「現在(当時)の職業で、それに最も近い存在、能力を持っている人は誰か?」
という事になり、
当時で言うと、いわゆる「治療的行為(施術行為)」を担っていたのが
「マッサージ師」の方や「鍼灸師」「指圧師」の方々だったので、
そのように判断され、白羽の矢が立ったらしい、と聞いている。
もし、現代にに同様のことが起きたら、
恐らく「理学療法士」や「若い研修医」のような方々に注力しただろうが、
私も詳しくは調べていないが、当時はまだ「リハビリテーション」の分野は、
日本ではまだ浸透・成熟もしていなかった思われる。
そして、マッサージ師や鍼灸師の方々が「スポーツ」のことを勉強され、
そこから日本のトレーナーがスタートしたらしい。
特に欧米ではあまり存在しない「医者以外の施術師」という存在が、
逆に変わったスタート形態を作ったことになり、
その歴史は、かなり様変わりをしながらも、
基本的には今でも継続されている点が、逆に日本の特異性であり、
面白い点だ。
これには賛否両論があり、このスタート形態をとった事での
「メリット」も「デメリット」もあったと思われる。
これについては、また。
何度も言いますが、正確に調べておらず、
自分の記憶を頼りに書いているので、
(調べろよって?すいません。時間無くて…)
異論があればご指摘下さいませ。
即刻、修正致します。