今日は首都高が思いの外空いていて、
仕事の訪問先にかなり早く着いてしまった。


そこで、近くの公園を散歩することに。
ちょっとジョギングもしてみた。

こういう時に、自由業の幸せを噛み締めたりして。


池のほとりで、初老の男性が餌を撒いて、
そこに無数の鳩が群がっていた。


当然だが、鳩は男性になついている訳でも無く、
あくまで“餌”に魅力を感じて、引き付けられているだけである。
男性もそんなことは百も承知だろう。
それでも、自分に群がってくれば、
無条件に嬉しいに違いない。


ふと、勤め人時代の、何人かの上司を思い出した。
自分にちやほやするスタッフに対して、
完全に“自分”という人格に付いて来ていると勘違いをしていた、
おめでたい人物であった。単に“部長”とか“課長”、または“所属先”といった“肩書き”に擦り寄っていただけなのに…
未だに幸せな勘違いをしているらしい。
ああいう人物たちが、組織を離れた時に、
どうなるのか見てみたい気もする。


私は今は組織にいる訳では無いが、
周りには同じような人種がいる。
逆に私にも、
明らかに“肩書き”に対して取り入ってくる輩もいる。


気をつけてはいるが、
くれぐれも勘違いはしないようにしたい。
アホにだけはなりたくない。


自分が“肩書き”で無い、“自分”で勝負出来るのはいつの日か。


餌やりの風景を見て、
こんなことを考える私は、
やはり歪んでるのかしら…