最近、20代の若い人や学生と話していて感じた事。
以前に、会社勤めをしていた時、
採用を担当していた際にも、同じ事を感じたことを思い出した。
「自分のやりたい事をやらせてもらえる会社が良い」
「やりたいようにやらせてもらえる会社、どこか無いですか」
このような類いの話だ。
もちろん彼らも、自分の言葉通りには100%、思っていないのかも知れない。
若い時は得てして、ボキャブラリーの不足から、
考えている事がうまく表現できない為、
結果としてこのような言い回しになっている事もあるだろう。
とは言え、少なからずこのような感覚を持っている人は多い。
ただ、そういう人達が、まず考えなくてはならない事は、
「何で企業が、君にやりたい事をやらせて上げなくてはならないの?」
ということだ。
当たり前の事だが、企業は「営利目的」の集団だ。
社会貢献、という名目もあるが、あくまで「儲け」なくてはならない。
もちろん、その「儲け方」をどうするか、という方法論の問題はあるが、
あくまで「儲ける」活動の結果として、それが社会貢献に繋がる。
「やりたい事をやらせてあげる」必要は、基本的には無いのだ。
あるとすれば、それは「それをやらせる事で、利益をもたらす場合」である。
しかしその為には、“本当にその人間が、その担当に向いているか?”を判定する必要がある。
それは会社の人事や上司のジャッジ、または本人によるアピールも材料になるだろう。
つまり、まず考えるべき事は、
「やりたい事をやらせてもらえるか否か?」ではなく、
「君はその企業の為に、何が出来るの?」という事である。
“自分がやりたい事に、積極的に取り組んでいる会社”というのは、
確かに見極めていく必要があるだろう。
ただ、その中で、その業務を担当できるかどうかは、
自分が企業に貢献出来るかどうかに掛かっている。
入社して間もない人間に、もしやりたい事をやらせてやる会社があったとすると、
それはかなり“あぶない会社”である確率が高い。
又は、上層部・経営陣が“無策”であるかだ。
むしろ、そのような会社は避けた方が良い。
「本当に自分のやりたい事」というのは、
基本的には、自分ひとりで“独立”してやるしかない。
それを理解する事が「会社に勤める」ということだ。
「やりたい事を、やりたいようにやる」という事は、
同時に「大いなる責任」を伴う、ということを肝に銘じておいた方が良い。
“自分で落とし前が付けられる”覚悟が無いと、やりたい事をやる資格は無い。
以前に、会社勤めをしていた時、
採用を担当していた際にも、同じ事を感じたことを思い出した。
「自分のやりたい事をやらせてもらえる会社が良い」
「やりたいようにやらせてもらえる会社、どこか無いですか」
このような類いの話だ。
もちろん彼らも、自分の言葉通りには100%、思っていないのかも知れない。
若い時は得てして、ボキャブラリーの不足から、
考えている事がうまく表現できない為、
結果としてこのような言い回しになっている事もあるだろう。
とは言え、少なからずこのような感覚を持っている人は多い。
ただ、そういう人達が、まず考えなくてはならない事は、
「何で企業が、君にやりたい事をやらせて上げなくてはならないの?」
ということだ。
当たり前の事だが、企業は「営利目的」の集団だ。
社会貢献、という名目もあるが、あくまで「儲け」なくてはならない。
もちろん、その「儲け方」をどうするか、という方法論の問題はあるが、
あくまで「儲ける」活動の結果として、それが社会貢献に繋がる。
「やりたい事をやらせてあげる」必要は、基本的には無いのだ。
あるとすれば、それは「それをやらせる事で、利益をもたらす場合」である。
しかしその為には、“本当にその人間が、その担当に向いているか?”を判定する必要がある。
それは会社の人事や上司のジャッジ、または本人によるアピールも材料になるだろう。
つまり、まず考えるべき事は、
「やりたい事をやらせてもらえるか否か?」ではなく、
「君はその企業の為に、何が出来るの?」という事である。
“自分がやりたい事に、積極的に取り組んでいる会社”というのは、
確かに見極めていく必要があるだろう。
ただ、その中で、その業務を担当できるかどうかは、
自分が企業に貢献出来るかどうかに掛かっている。
入社して間もない人間に、もしやりたい事をやらせてやる会社があったとすると、
それはかなり“あぶない会社”である確率が高い。
又は、上層部・経営陣が“無策”であるかだ。
むしろ、そのような会社は避けた方が良い。
「本当に自分のやりたい事」というのは、
基本的には、自分ひとりで“独立”してやるしかない。
それを理解する事が「会社に勤める」ということだ。
「やりたい事を、やりたいようにやる」という事は、
同時に「大いなる責任」を伴う、ということを肝に銘じておいた方が良い。
“自分で落とし前が付けられる”覚悟が無いと、やりたい事をやる資格は無い。