物事は多面的である。
特に「議論されること」は、
必ずと言えるほど様々な側面を持っている。
ある戦術が必勝であると判明している、
常に有利に働くことが既知である場合、
そもそも議論の対象にはならない。
議論するだけ無意味だからだ。
誰もが同じ選択をするだけだ。
一見しただけでは、どの選択が正しいのか
その判断ができないから議論になる。
様々な側面の一つ一つを吟味した上で、
妥当な結論を導き出す、それが議論というものだ。
しかしながら、世間を見渡してみると、
ある一つの側面から短絡的に結論を導き出し、
その面だけを持って強硬に意見を述べる輩が、
非常に多いことに気づく。
むしろそういう輩が多数派と言ってもよい。
結論が論理から導きだされたものならまだしも、
感情的に結論づけられているケースも極めて多い。
そうなると議論にならないことは自明である。
ほとんどのケースにおいて感情に論理は無力である。
また、普段は冷静で論理的な思考を持った人でも、
有事の際に同じように思考し続けることは難しい。
時として感情に流され、安易に結論でもって
他者を批判し世間を扇動しているケースはままある。
それは普段尊敬に値する人でさえ、だ。
だからこそ、自分の出した答えに対し、
常に懐疑的であることが求められる。
さらに自分の答えを常に修正できる柔軟さが求められる。
物事にはよい側面と悪い側面がある。
それらはコインの裏表だ。
無くすことは決してできないし、
どちらか一方だけを見てもコインの全貌は分からない。
ここで主張したい多面的な思考法でさえ、
多面的に考えすぎるあまり答えを出せなくなる、
という負の側面、ある種の自己矛盾を持つ。
論点がずれる、ぼやける、論点のすり替わる、
など多面的な検討には必ず負の側面がつきまとう。
では、多面的検討は無意味なのか?
そんなことは決して無い。
一方的な側面で結論を出すより有用である。
それは人類が過去幾多の経験から導き出した答えだ。
コインの裏表をよく眺めて答えを出す。
安易に、短絡的に、無批判に、答えを出しはしなかったか。
別の角度から見たら違う景色が見えないか、
僕達はサッカーにおける司令塔のように
常にフィールド全体を眺めなければならないのだ。
特に「議論されること」は、
必ずと言えるほど様々な側面を持っている。
ある戦術が必勝であると判明している、
常に有利に働くことが既知である場合、
そもそも議論の対象にはならない。
議論するだけ無意味だからだ。
誰もが同じ選択をするだけだ。
一見しただけでは、どの選択が正しいのか
その判断ができないから議論になる。
様々な側面の一つ一つを吟味した上で、
妥当な結論を導き出す、それが議論というものだ。
しかしながら、世間を見渡してみると、
ある一つの側面から短絡的に結論を導き出し、
その面だけを持って強硬に意見を述べる輩が、
非常に多いことに気づく。
むしろそういう輩が多数派と言ってもよい。
結論が論理から導きだされたものならまだしも、
感情的に結論づけられているケースも極めて多い。
そうなると議論にならないことは自明である。
ほとんどのケースにおいて感情に論理は無力である。
また、普段は冷静で論理的な思考を持った人でも、
有事の際に同じように思考し続けることは難しい。
時として感情に流され、安易に結論でもって
他者を批判し世間を扇動しているケースはままある。
それは普段尊敬に値する人でさえ、だ。
だからこそ、自分の出した答えに対し、
常に懐疑的であることが求められる。
さらに自分の答えを常に修正できる柔軟さが求められる。
物事にはよい側面と悪い側面がある。
それらはコインの裏表だ。
無くすことは決してできないし、
どちらか一方だけを見てもコインの全貌は分からない。
ここで主張したい多面的な思考法でさえ、
多面的に考えすぎるあまり答えを出せなくなる、
という負の側面、ある種の自己矛盾を持つ。
論点がずれる、ぼやける、論点のすり替わる、
など多面的な検討には必ず負の側面がつきまとう。
では、多面的検討は無意味なのか?
そんなことは決して無い。
一方的な側面で結論を出すより有用である。
それは人類が過去幾多の経験から導き出した答えだ。
コインの裏表をよく眺めて答えを出す。
安易に、短絡的に、無批判に、答えを出しはしなかったか。
別の角度から見たら違う景色が見えないか、
僕達はサッカーにおける司令塔のように
常にフィールド全体を眺めなければならないのだ。
東京副都知事でもある猪瀬直樹による、
東京メトロと都営地下鉄の経営統合、
そして東京の地下鉄の歴史を書いた。
経営統合は極めて難しい問題でもあるため、
猪瀬氏の主張を鵜呑みにしてよいかは分からないが、
一ユーザからすると、やはり統合して欲しい。
地下鉄の乗り継ぎや初乗り運賃の問題、
改札ホームの問題等々、不便さはあげれば限が無い。
是非前向きに検討して欲しいところだ。
少なくとも既得権益に囚われないで欲しい。
さて本書は決して統合の主張だけを全面に押した本ではなく、
むしろ地下鉄の歴史が半分占めている。
そしてそれがとてもおもしろい。
戦前、合う意味では群雄割拠していた日本の経済界は、
極めておもしろい題材であると感じるだろう。
地下鉄は誰のものか (ちくま新書)/猪瀬 直樹

¥777
Amazon.co.jp
東京メトロと都営地下鉄の経営統合、
そして東京の地下鉄の歴史を書いた。
経営統合は極めて難しい問題でもあるため、
猪瀬氏の主張を鵜呑みにしてよいかは分からないが、
一ユーザからすると、やはり統合して欲しい。
地下鉄の乗り継ぎや初乗り運賃の問題、
改札ホームの問題等々、不便さはあげれば限が無い。
是非前向きに検討して欲しいところだ。
少なくとも既得権益に囚われないで欲しい。
さて本書は決して統合の主張だけを全面に押した本ではなく、
むしろ地下鉄の歴史が半分占めている。
そしてそれがとてもおもしろい。
戦前、合う意味では群雄割拠していた日本の経済界は、
極めておもしろい題材であると感じるだろう。
地下鉄は誰のものか (ちくま新書)/猪瀬 直樹

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