香山リカ氏のコラムを読んだ。

香山氏の意見を全面的に受け入れられるとしたならば、
それはきっと橋下氏が言うような大阪の問題は存在しない、
あるいは言うほどたいした問題ではない場合だ。

橋下氏が針小棒大にさも大問題を抱えているかのごとく
市民を騙しているのならば、彼は稀代のペテン師だろう。

ただそういう論調でもなさそうだ。
結局のところ香山氏の指摘はどこに向かっているのかが分からない。

物事には常に二面性がある。
強いリーダーと独裁者が表裏一体であるかのごとくだ。

だからそうならないように、
あるいは橋下氏の”改革”によって置き去りにされる何かを指摘し
軌道修正やセーフティネットの構築に力を注ぐことは重要であると思う。
橋下氏が全面的に正しいなんてことは原理的にありえない。

だがしかし「問題」を置き去りにした「橋下的なものに感じる違和感」に
私は違和感を感じることを禁じ得ない。

例えば香山氏の主張するような「無駄があってもよい」という主張は正しいと思う。
しかしその正しさは大阪が今のままでよいということは保証しない。
別の次元の正論だけでは現場の問題は解決しない。

残念ながら香山氏の意見だけで橋下氏の改革のまずさはいまいち伝わって来なかった。