「最近の若者は~」議論が、
いかに不毛なものであるかについては、
既に多く論じられており、ここで明らかにする必要もないだろう。
例えば下記のサイトで紹介されいるように、
30年前に出版された若者論は、今言われていることと
大差ないことが明確にわかる。
「最近の若者はダメ論」まとめ
さて、池田信夫氏がtwitter上で論じていたように、
学生は専門性がなく、会社や企業を知らず=世間を知らず、
残念な状況にあることは間違いない。
※それは今の学生に顕著なわけではく、私自身を含めて、
一般的な学生はずっとそんな状況だったわけです。
そのことが就職難を産んでいるという議論は横に置かせていただく。
なぜならば、何故、学生がそのような状況なのか、
それがここで論じたいことだからだ。
結論か言うと、
「ある世代の学生にある傾向が認められるならば、それは社会の要請の結果である」
ということだ。
ここでいう社会の要請とは、言葉の通り「求められる」だけでなく、
社会構造、環境によってもたらされるものも含む。
例えば、最近の子供たちが外で遊ばないと言われるが、
「ゲームの存在」「公園等の不足」「外で遊ばせたがらない親」など、
このような環境的な側面を含めて「要請」と呼ぶこととする。
ある世代にだけ顕著に見られる傾向があるとしよう。
※注意としては、若者議論の通り、多くの場合、
別の世代の感覚的な物言いであり、実際に傾向がない場合が多い。
ただし、アメリカと日本の学生を比較するなどの場合、
顕著に見られる傾向は多々あるだろう。
では、その場合、その傾向はどこから生まれたものなのだろうか?
日本の学生が例えばアメリカの学生に比べて○○で劣っているという
議論の仕方はよく見られるかと思う。
特定の学生の話ならば、「もっと勉強しろ」でもなんでもよいが、
全体傾向として見られる場合に、日本の学生のみが、
なんの理由もなく劣っているということはあり得るのだろうか?
子どもを含め若者は、社会を色濃く反映すると言って差し支えない。
例えば、学生に専門性が無いのは、社会が学生にそれを求めていないからであり、
求めないという社会の要請に学生達が応えた結果なのである。
逆に専門性を求めたらならば、少なくとも多くの学生は
よりよい就職先を求めて自己研鑽に励まざるを得ないのである。
それを求めていない社会側の問題であるにも関わらず、
学生はどうせ勉強していないと、学生側に転嫁するのは間違っている。
※まあ、そもそも上の世代は、勉強も何もしていなかったので、
自分達に無かったものを下の世代に求めづらいのかもしれないがw
だらだらと書き連ねて来たが、学生にある傾向が見られる場合に、
学生にダメだしするような論調が見受けられるが、
それは全て上の世代が作り出した「社会の要請」に基づくものであり、
全て若者議論を展開する上の世代の責任に過ぎないということだ。
若者を責めても有益なことは何も無い。
いかに不毛なものであるかについては、
既に多く論じられており、ここで明らかにする必要もないだろう。
例えば下記のサイトで紹介されいるように、
30年前に出版された若者論は、今言われていることと
大差ないことが明確にわかる。
「最近の若者はダメ論」まとめ
さて、池田信夫氏がtwitter上で論じていたように、
学生は専門性がなく、会社や企業を知らず=世間を知らず、
残念な状況にあることは間違いない。
※それは今の学生に顕著なわけではく、私自身を含めて、
一般的な学生はずっとそんな状況だったわけです。
そのことが就職難を産んでいるという議論は横に置かせていただく。
なぜならば、何故、学生がそのような状況なのか、
それがここで論じたいことだからだ。
結論か言うと、
「ある世代の学生にある傾向が認められるならば、それは社会の要請の結果である」
ということだ。
ここでいう社会の要請とは、言葉の通り「求められる」だけでなく、
社会構造、環境によってもたらされるものも含む。
例えば、最近の子供たちが外で遊ばないと言われるが、
「ゲームの存在」「公園等の不足」「外で遊ばせたがらない親」など、
このような環境的な側面を含めて「要請」と呼ぶこととする。
ある世代にだけ顕著に見られる傾向があるとしよう。
※注意としては、若者議論の通り、多くの場合、
別の世代の感覚的な物言いであり、実際に傾向がない場合が多い。
ただし、アメリカと日本の学生を比較するなどの場合、
顕著に見られる傾向は多々あるだろう。
では、その場合、その傾向はどこから生まれたものなのだろうか?
日本の学生が例えばアメリカの学生に比べて○○で劣っているという
議論の仕方はよく見られるかと思う。
特定の学生の話ならば、「もっと勉強しろ」でもなんでもよいが、
全体傾向として見られる場合に、日本の学生のみが、
なんの理由もなく劣っているということはあり得るのだろうか?
子どもを含め若者は、社会を色濃く反映すると言って差し支えない。
例えば、学生に専門性が無いのは、社会が学生にそれを求めていないからであり、
求めないという社会の要請に学生達が応えた結果なのである。
逆に専門性を求めたらならば、少なくとも多くの学生は
よりよい就職先を求めて自己研鑽に励まざるを得ないのである。
それを求めていない社会側の問題であるにも関わらず、
学生はどうせ勉強していないと、学生側に転嫁するのは間違っている。
※まあ、そもそも上の世代は、勉強も何もしていなかったので、
自分達に無かったものを下の世代に求めづらいのかもしれないがw
だらだらと書き連ねて来たが、学生にある傾向が見られる場合に、
学生にダメだしするような論調が見受けられるが、
それは全て上の世代が作り出した「社会の要請」に基づくものであり、
全て若者議論を展開する上の世代の責任に過ぎないということだ。
若者を責めても有益なことは何も無い。