当時は隔離といっても甘かったのか、母親と一緒に、つまり母親にも移していたので、同じ病室に何日か、入院していたらしい。
すでに病院に行った時にはよくなりつつあったらしく、隔離も短かったんだと、あとから母親に聞いた。
そして物心つくころには、生玉子アレルギーになっていた。小学生低学年になると、魚肉ソーセージがこれに続いた。
それより前の3歳ころからは、小児喘息になった。
小学生から中学生のころ、インフルエンザの予防接種が義務化されていたが、生卵アレルギーの過去があるということで、何年か予防節を受けることができなかった。
万事こんな感じ。大人になるまでよくぞこんなに病気になり、大きくなれたものだと思う。
少なくとも1000年前にぼくが生まれたなら、生後数年も経たずに墓が立ったものだろうと想像できる。
そして病は今も身近なものとして控えている。