高校のころ、調子が悪くなってほとんど保健室で過ごす時間が長かった。いま考えると、あれは鬱だったんだろう。
通ってる内科では、母には個人的に自律神経失調症といわれていたと後から聞いた。
高校から大学はメンタルが弱くなっていた。なのに国際インターンシップサークルの副委員長をすることになり、考えた末、学業よりサークルを優先して行うことにした。
勉強は最悪ふとんのなかでもできるから。
で、パニック発作だ。当時まだ小田急線の複々線の工事が始まるからどうかという時期だった。それだからきつかったが、とりあえず各駅停車に乗るとパニック発作が起きる確率が下がることがわかった。
とにかく当時、成城学園前から下北沢駅までの間が鬼門だった。のち、リワークで自分の疾病を学ぶという学習の中で、パニック発作は個々人で起きるパターンが似ていることが多いことを学んだ。実際学習ではある特定の電車で起きる人が過半数いた。
そして2000年のころに読んだ防衛医大の先生の著書の中で、パニック発作には暴露療法が効果的だと書いてあったので、大学時代の講堂は間違いなかったのだろう。
それがいまも影響しているのかもしれない。千歳船橋のドトールは心地よい。抗不安薬のセルシンを飲まなくても済む機会が増えている。
一方祖師ケ谷大蔵のドトールは、多くの客でめまいが起きることもある。だからこそ。この程度の雑踏に慣れないとという思いがあり、節約やバスで行ける手軽さより、祖師ケ谷大蔵に足を向けることが多いのかもしれない。
渋谷では釣りがあるよなことがあってそこに行ってしまうと、もうどこかに隠れたくて、ひたすら隠れるところを探す。あの人の多さは当分無理であっても祖師ケ谷大蔵程度は慣れたいものだ。