日本人の死因1位は「認知症」に “家族の異変”気づくポイントは…手を動かすことが予防につながると専門家

 

 今朝、フジテレビのニュースでこんな記事が出ていました。恐らく、政府がひた隠しにしてたであろう日本人の実態を、やけくそになってたフジテレビが暴露したのか・・・・ってな風に思えました(笑)

 

 もう6年ほど政府は認知症患者数を発表していない中で、どうやって情報を得たのか。日本認知症予防協会から得たのでしょうか。その勇み足に今頃政府内部では大騒ぎになってたりして(笑)

 

 いずれにしても、かつて予測してたよりも急激に早まっているのは確かだと思います。ここのところ日本の死亡者数が急激に増加しており、それを老衰死を使って胡麻化してきたのですが、流石に無理があるのかもしれません。

 

 もちろん、それは日本だけではなく多くの先進国で進んでいること。この状況を見て原因が分からないようでは駄目だとは思いますが、実際にわかっていないのだから人類滅亡は止められないということになるでしょう。

 

 私のブログを読んでおられる方であれば、その理由が学校教育であることをご存じだと思います。詳しくは、拙著「学校で勉強するからバカになる」を読んで頂ければと改めて思う次第です。

 

 今後、これが社会に認知されだすと大騒ぎになる可能性はあると思います。それに乗じて新手の詐欺も横行するかもしれません。読者の皆さんは、そういうものに踊らされることなく、冷静に対処して頂きたいと思います。特に就学前のお子様については、何が何でも学校へは行かせないようにお願いします。

 

 政府は口が裂けても学校教育が原因だとは言わないと思いますが、これからも学校教育が続くようだと、認知症の若年化は年を追って進むことになると思います。人間は考える生き物です。学ぶ生き物ではない。覚えることが嫌いだから、覚えないで良いように文字を発明したり紙と鉛筆を使ったり、そして、パソコンやスマホを作り覚える必要性を減らしているのです。

 

 何れ、考えることの重要性が謡われるとは思いますが、国民が考えることのリスクを知っているために、考える教育の有名無実化を図ると思います。人間の能力は無限なのです。それは世代を超えて広がるのですが、それを発揮されると国家はたちまち消滅させられるので、全力で阻止にかかると思います。

 

 きっと、学者や有識者など学びの長者たちを焚きつけて世論を味方に圧倒してくるかもしれません。多数が正しいということはありません。むしろ、間違ったことを進めるために多数を作ろうとすることを覚えておいてください。

 

 改めて書きますが、考えるとは想像することです。想像は自由であり無限なのです。要は、この世界を自由で無限に出来るのが本来の人間の力だということです。これがあれば我々は生きていけるのです。その能力を使ってここまでの文明を作ったわけで、われわれ人間のすごさをひている者は誰もいないと思います。

 

 ただ、途中から想像より学びにシフトを始め、このような事態を招いたことは誠に残念ではあります。しかし、それもまた人間の運命であれば逃れることは誰一人として出来ないわけで受け入れるしかないのかもしれませんが、悪あがきは続けていこうと思います。

 

 認知症の恐怖、引いては人類滅亡の恐怖に気づかれる方がいらっしゃいましたら、ご連絡いただけると嬉しいです。

 

 何が出来るか分かりませんが、命がある限り何かをやり続けていきたいと思います。人間が人間であることを止めたから人間は滅びに向かっているのです。だから、ある意味、人間に戻りさえすればそれを防ぐことは可能なのです。その為にも今一度人間とはどういう生き物なのかを再検証して、人間として生きる道を歩むことを考えて頂ければと思います。

 

 

 現代社会は過酷な競争社会となっています。競争社会とは他者に評価される社会です。その他社評価に依って収入が決まるから。

 

 そういう環境に人間が置かれると人間は壊れます。何故なら、人間は自己評価で生きる生き物だから。自分の価値を自分で見出してそれを糧に生きるのが人間であり、人間の凄さであり、人間の素晴らしいところなのです。

 

 つまり、この過酷な競争社会は、その素晴らしい人間を壊す社会となります。社会の流れに居ると競争にさらされ人間は壊れていく。

 

 従って、一番良いのは、この社会から離脱することです。そうは言ってもそれが出来る人は少ないわけです。そこで大事になるのが、家族の存在だと思います。

 

 日々、他者評価に晒されて生きる人間を家族が守る。

 

 その方法を考えられるのが親だと思います。人間が壊れるとは何かと言えば心が壊れることです。心が壊れると人間は生きていけなくなるのです。

 

 つまり、競争社会で心が壊れた人間は人間としては生きていけなくなるという事です。思い起こせば、小学校に入って以来、心を評価されたことはあるのでしょうか?

 

 目に見えない心を評価することは難しい。その評価は主観的であり評価というより感想となるでしょう。だから、競争社会では蔑ろにされるので、心は死んでしまうのです。

 

 心がなくたって、仕事が出来れば生きていける。しかし、ソレは人間として生きているのではなく、単に働く機械として存在しているに過ぎないのです。

 

 そういう人生にあるのは虚しさと寂しさになるでしょう。心が放つ多様な感情がない世界は実につまらないのです。それは、色のない世界と同じかもしれません。

 

 そうなると、自分が何のために生きているのかを考えることは無くなり、ただ、仕事をして稼いだお金でストレス解消をして、働き続けるだけの人生となるのです。

 

 もし、ご自分が生きていて楽しくないと、いや、生きることに何も感じないのであれば、それは心が死んでいるからなのです。

 

 そういう人間が増えると、人間は滅亡することになる。心がないと結婚も子育ても出来ないからそうなるのです。

 

 この流れを阻止するには、若い子どもたちを競争社会から遠ざけることです。そして、自分という人間の価値を自分で作り自分で評価できる本来の人間にすることなのです。

 

 子どもを守るとは、子どもの人間としての尊厳を守ること。人間として人生を送れる環境を築くことにあるのです。人間という素晴らしい生き物に生まれて来たわけですから、その素晴らしさを思う存分楽しまないと勿体ないのです。

 

 その為には、人間にしかない心を殺さないこと。他者評価に殺されないことに尽きるのです。人間の能力は物凄いのです。それを引き出す為にも人間として生きることが大切なのです。

 

 

9年で668社の神社が減少 危機の「祭り」に女性や地域外の人たちの参加、マッチングサービスも #絶滅危惧文化(Yahoo!ニュース オリジナル 特集) 

 

 

 人口減少で驚くべきことが分かりました。何と、神様を祀っている神社が減っているそうです。この事実から言えることは、神様が人間を作ったのではなく、人間が神さを作ったという事実ではないでしょうか。

 

 未だに神を信じ宗教を信じている人は少なくないですが、神という嘘を時の流れが明らかにしてくれているのではないかと思います。

 

 嘘というモノはこういう運命にあるのです。嘘は自由につけるし、好きなように信じることも出来ますが、時の流れは全ての嘘を明らかにする力があるのです。

 

 嘘を信じてしまった人は、きっと、辛く苦しい人生を送らされるのではないかと思います。逆に言えば、もし、今、自分の人生が辛く苦しいモノであるならば、嘘を信じたせいだという事です。

 

 このお金が神という資本主義の世界では、嘘をつくことでお金を儲けるので、生きていくための人は日常的に嘘をついていることでしょう。その嘘が自分を追い込み辛く苦しい人生にしている。

 

 本来、言葉とは嘘をつく為に作られたモノではないのですが。現実と違って簡単に嘘がつける言葉を使って人は自由に嘘をついているのです。

 

 そうやって生きていると、何が本当で何が嘘かも分からないのかもしれません。せめて、自分に対してだけは嘘をつかないでいて欲しいモノです。