かつて「人類滅亡へのシナリオ」という本を書いたわけですが、ここに来て、人類滅亡への時間はどんどん早まっているという気がしています。

 

 このままでは、間違いなく人類はまもなく滅亡するでしょう。

 

 我々の容姿や人生を見れば、人間がこの地球で生きて来れたのが不思議でなりません。今や少子化に苦しんでいるわけですが、人間ほど子育てに手のかかる生き物はいない。

 

 今では、服や住居が我々を守っているので、そういうことを考える人は少ないと思いますが。もし今我々が身包みを剝がされ、住むところも失い、食料がなかったら、一体どれくらい生きていられるのでしょう?

 

 我々の遠い先祖は一体どうやって命を繋いでくれたのか?

 

 何もない時代を生きて来た我々の先祖は相当に賢かったのではないかと思うのです。その賢さが文明を作り社会を豊かにしてきたわけですが、その陰で我々人間の持つ本来の賢さが失われてきたのです。

 

 しかし、賢さを失った人間は、それに気づかず未だに賢いと勘違いしている。これだけの文明を築いたのだからという先人たちの賢さで。

 

 ところが、現代人は他人と満足にコミュニケーションすらできないし、自らの不平不満を解消することもできない。出来ることは、酒や薬で誤魔化すか文句をいうか諦めるか。要は、対応が全く出来ないのです。

 

 もちろん、仕事ではマニュアルや決まりがあるので出来るから、自分は出来る人間だと思っているわけですが、一歩仕事を離れるとまるで幼稚園児のように何もできないのです。

 

 そういう状況をかつてはアダルトチルドレンなどと揶揄された時期もありましたが、今やそういう認識さえ消えてしまっているのです。自分たちが同様状況にあるかという自己認識さえ全くできていないのです。

 

 自己認識が出来ない犬猫レベルの脳と化した人間の未来は非常に厳しいと言えるでしょう。何故なら、我々は犬猫ほど強くないから。この貧弱な容姿と困難な人生を歩めたのは犬猫レベルの低脳ではなく、彼らとは比較にならない優れた思考があったからに他ならないのです。

 

 その人間が、生きるために欠かせない高性能の脳を失ることは死に値します。今や人間の死は脳死という状態で死と呼ばれるわけですが、我々はそこに近づいているのです。その証拠に、退化した脳は委縮を始めており、アルツハイマー型認知症などという脳死状態を引き起こすようになっている。

 

 そして、非常に悲しいことに、人間の低脳化を人間自身が積極的に進めているという何とも呆れる状態にあるという事です。これが、更に人類の寿命を縮めるのではないかと思います。

 

 最近は。AIの躍進でプロンプトエンジニアという言葉掛けのノウハウが注目されているのですが、言葉のかけ方一つで導き出される答えが違うと気づいたのなら、何故、それを人間に対してやろうとは考えないのか不思議なのです。

 

 AIが出す答えに未来はありません。だって、彼らは未来を知らないから。いや、未来どころか言葉の意味は全て知らないのです。只々、人間が交わす会話を覚えて質問に見合った答えを返しているだけなのです。

 

 このままでは、我々人間は全てを失うことになるでしょう。それは現実に失うという事うよりも、脳が記憶を失うことで全てを亡き者にしてしまうというのが早いと思います。

 

 人間の脳には無限の力がありますが、それを使いこなすことが出来なければ、命の性質上、そういう脳は不要だと判断され失われていくのです。

 

 これまで人間の脳が活躍して来た現場は全てAIに移行されるわけですから、本当に人間の脳が使われる機会が大きく減少する。それは、人間の脳の退化を早め、結果として人類の滅亡を早めるという事になるのです。

 

 再三、繰り返して書いているように、この流れを止める方法は一つしかありません。学校教育を直ちにやめ人から学びを奪うことです。

 

 人から学びを奪うことは、人に無限の世界を提供することになるのです。それは、人間本来の姿に戻すことを意味します。人間の脳が最も得意とする考えるという行為。

 

 考えるとは何度も書いているように、想像するということです。今はない未来は想像することでしか作ることは出来ません。そして、そのことが出来るのは、恐らく、この宇宙で人間だけではないかと思います。