今色んな産業でイノベーションを起こそうと必死になっている。それは、まるでイノベーション教という宗教団体みたいである。それは何のために行うかと言えばサスティナブルである^^;

 

 従って、国も企業もサスティナブル教と言えるのではないだろうか。

 

 持続可能社会はどうすれば気づけるのか?

 

 そこにイノベーションは要らないのです。みんなが仕事を辞めて子作りに励めばいい。この人間社会を持続可能にするには人間を増やしていくしか方法はないのです。

 

 しかし、そういう事を言う人は居ないでしょう。そして、考えているのは常に経済成長。サスティナブルも経済成長をイメージして言い出したものであり、企業の成長が鈍化し衰退していく未来が見えたことで騒ぎ始めただけの事でしょう。

 

 そういう点で言えば、企業はいずれ全て倒産する。従って、サスティナブルな企業は無理ですという答えしかないのです。むしろ、倒産しなければ社会は良くならないという事になるでしょう。

 

 定款を見れば企業にはその目的が記されている。そして、金儲けをする為にとか、企業を永遠に存続させるためにとかは書かれていない。

 

 何か理想とする社会であったり環境であったりを実現するためにというテーマとなっている。それは、それが実現したら企業は要らなくなるという事でもあるのです。

 

 常に大事なの目的を達成することではないでしょうか?

 

 逆に言えば、長い間存続する企業はダメな企業という事なのです。目的に向って精進してない。だから、目的達成が実現できない。本来は、そう評価すべきなのですが・・・

 

 むしろ、長く存在することで、創立何十年という記念式典などを行い、更なる長きに渡って存続しようとするのです。私からすれば、頭悪いとしか思えないのですが。

 

 ということで、今多くの企業はイノベーションを元に新商品開発に勤しんでいるわけです。最初は簡単に短時間で次々と出来た新商品も、時間の経過と共に、どんどん難易度を増し、その分、時間と開発コストも掛かるようになってくるでしょう。

 

 そして、今や宇宙開発に核融合に人工知能に量子コンピュータに自動運転など、いつ完成するか分からないモノに多くの人とお金を奪われているのです。そして、その前に大きな問題が立ちはだかりつつある。

 

 それは、果たして市場に必要とされるものとなるのか?

 

 もちろん、人口が増えていけばそのニーズを消費できる可能性が広がる訳ですが、今や先進国を中心として人口減少が本格的に始まり、むしろ、人類そのものの存続が危ぶまれつつあるのです。

 

 そういう中で、一体誰が宇宙に行くのか?誰が大量のエネルギーを消費するのか?人口減少で人が余り出せば、人工知能やコンピュータの出番はあるのか?そして、高齢化する社会で誰が自動車に乗るのか?

 

 こうした高い技術は必然的に高い商品となる訳で、そういう対価を払える人が一体どこにいるのか?という大きな問題も見えて来るのではないでしょうか。

 

 そういう事を全く考慮せずに、素晴らしい技術だからと言って闇雲に投資していくと、結果として無用の長物を作ってお終いという事になる。そうこうしている内に、市場縮小による売り上げ減少が企業を潰すわけで、余計な出費はそれを早めるだけになると思うわれるのです。

 

 何度も書いている様に、経済が成長するという事実は、経済が衰退するという事実を備えているわけで、それがこれから本格的に始まるのです。

 

 そういう中で、持続可能などと荒唐無稽な夢を追いかけるのは危険極まりとないと思います。これから大事なのは、成長の反対である衰退にどう対応していくかなのです。

 

 つまり、ダウンサイジングを如何にスムーズに進めていくか。それを上手く出来れば、もしかしたら企業というモノが違う形で残る可能性もある。

 

 それを無視して、企業の存続を正義とすれば、全滅となるのは避けられないと思います。それがまさに時代の要請であり、自然の流れなのです。きっと、頭で考えている内は理解できないかもしれません^^;