3800人看取ったホスピス医が説く「生きるヒント」、「人生は自分をわかってくれる人を探す旅だ」 

 

 

〉私たちが自分らしくいられるのは、誰かが
〉わかってくれるからなのです。
 
 逆ですよ。誰かに分かって貰おうとするから自分を見失うのです。
 
 人は他人を理解することは出来ない。何故なら、みんなが違うから。ソレをこういう人が分かってくれる人を探せ!というから、その気にさせられて探し始めると、最後は誰も分かってくれないと絶望する。
 
 そして、自分は孤独だと思い込み苦しむのです。この医師は牧師のように分かった振りをして相手の不安を取り除いただけのこと。
 
 この医師は医師としての役目を果たしただけなのでしょうが、このやり方は詐欺師の常套手段と言えるでしょう。
 
 同じ時代の同じ場所に生きながらも、人は皆それぞれ違う世界に生きているのです。自分に自分の世界があるように他人には自分には見えていない他人の世界がある。
 
 生き方や考え方の違いはソレを証明しているのですが、人はそうは思わないのです。そう思わせるのは、もちろん学校教育なのですがね。そして、気に食わない他人となり信じられない他人となる。
 
 その認識の間違いが全てを狂わせるのです。本来、分からないのが当たり前であり、違うのが当然なのに、分からない相手を変と思い、違う相手を異常と見る。
 
 それでも、そのことで自分が楽になれば良いのでしょうが、そう思うことで逆に自分を追い込んで身動きが取れなくなるわけです。
 
 大事な事は、自分が他人と違う事を喜ぶことであり、理解されないことを有難く思う事なのです。違うから生きる価値があり、理解されないから興味が出るのです。
 
 自分にとって都合の悪い事をネガティブに取るのは止めるべきです。人は今生きている中で誰もが特別で誰もが欠かせない存在なのです。だから、孤独だと感じる。
 
 しかし、我々は誰もが誰かの子であり孫なのです。そして、父母や祖父母は間違いなく自分の味方なのです。しかし、そういう父母や祖父母を嫌う子どもたちが増えているのは確かだと思います。
 
 と言うより、昔はもっと酷かった^^;
 
 戦争を経験した親と戦争を知らない子では仕方がないと思います。それでも、今や戦争を知らない親と子であり、祖父母と孫であると思います。だから、随分と垣根は取り払われ楽になったのではないかと・・・
 
 私が孤独であることを楽しめるのは、自分の後ろに居る先祖たちの存在を感じれるからだと思います。それは後ろにあるのではなく厳密に言えば中に居る^^;
 
 これは、もう何度も書いている事ではありますが、自分と言う存在は何の脈略もなくこの世で出て来ているのではない。何億人もの遺伝子が結集されてこの世に生まれてきているのです。
 
 だから、何かが好きなのも、何かが嫌いなのも、そういう先祖の経験に依るモノであるのです。自分と言う存在はもはや自分だけのモノではない。自分を作り出した地球の全人口を超える多くの人たちの結集されたモノなのです。
 
 もちろん、それを目で見ることは出来ません。しかし、自分の存在がそれを証明しているのです。後はそれに気づくかどうか?是非、その目に見えない真実に気づいて欲しいと思います。
 
 自分の生き様は自分を作った人たちが全て見ている、応援しているのです。だから、そういう自分の期待を裏切らない様に生きるべきなのです。自分を大切にするべきなのです。
 
 他人に左右されてはいけない。何故なら、それは別の世界の人だから。大半は、学校教育で入り込んだどうでもいい見知らぬ他人です^^;
 
 そんな人を師と仰ぐのは止めましょう!師は自分の中に数えきれないくらい居るので必要ありません。人は全てを持っている。後は、その全てを如何に引きずり出せるか、それが今を生きるモノの務めだと思います。