気まぐれで授業をサボりました。お昼を食べてジュースをのんで、陽が差し込む屋上に横になりました。ピアノの音は、体育でグラウンドを走る生徒たちの声の合間あいまに、ゲームセンタのもぐらのように鳴ったりひっこんだりしていました。
はじめは好奇心でした。誰がピアノなんかひいているんだろう。まだ授業中なのに。音楽の授業でひいているのだとするには、それはあまりにぴょんぴょんとしていて、曲というよりただの音に近かったのです。屋上を降りて先生にバレないように忍足で廊下を進むと、奥の空き教室から例のピアノの音が聞こえてきました。しかしドアを開けると、そこには誰もいなかったのです。ひと気がぜんぜんなくて、ただぽつんと、窓際の机にピアニカが置かれていました。ついさっきまで誰かがひいていたのか、ホースが椅子のほうに垂れていて、知らない人がやきて逃げてしまったのかな、と若干の罪悪感を覚えたのでした。
ほったらかしにされたピアニカが気になって近づいてみると、突然となりの机からカーディガンがとんできて、私の顔にふりかかってきました。間抜けな声をだしながらカーディガンをふり払うと、ドアの閉まる音がして、私はひとりになりました。
カーディガンに書いてある名前ーー田中杏子さんがクラスメイトだったと知ったのは、ずっと後のことでした。どうやら彼女は去年から登校していない様です。私は彼女に、あの空き教室に忘れていったピアニカを、返せそうにありません。