何から書けば良いんだろう
今まで書きたいこと 伝えたい出来事 思えばたくさんあったょ
そのほとんどが なぅやメッセージで聞いてもらえて 救われてきました
ありがとう
閉鎖したブログに書き込むのは どうしても抵抗あり怖いのだけれど
今日という日には どうしても
ここに残さなければ 消えてしまうと思ったから
心が張り裂けそうで うまく言葉にできないかもだけど
これから書く事は 私個人の気持ち
読む人によっては とても小さな気持ちと感じるかもしれません
でも 私の心です
昨日 祖母の友人が祖母に言った事らしいです
お年寄りの茶飲みの際の会話に過ぎません
17年の生涯を終えた愛猫 当時私はとても悲しみに暮れました
手に手を尽くしましたが 病魔には勝てませんでした
それは今になっても 私の胸の奥に深く杭を打ち込んでいます
ペットロスとなった私は 心の隙間の埋め方がわからず 受け止める事ができずにいました
私には 幼くして 兄姉や父母との別れがあり
小さい私だけ ここに残る事となりました
そのさみしさを埋めてくれたのがその愛猫でした
兄であり姉であり父であり母である
かけがえの無い家族
旅立った愛猫を 片時も忘れたくなく 私は引き伸ばした写真と
それにあった額を購入し
自分の手で写真とともに心を入れ額装しました
その額たちはそれぞれ20枚以上 愛猫が過ごした我が家のいたる所にかけました
いつも過ごしていたお気に入りの場所で・・・
その家でいつも見守ってくれている いなくなったわけじゃないと
私の心の隙間を少しずつ埋める作業でした
そして昨日の事
祖母の友人は「いつまでも死んだ猫の写真や骨など持ってると縁起悪いから外した方が良い」
今飼っている他の猫もいるのですが脱走癖があり「その猫が返ってこないのも 死んだ猫の写真が
あるからやきもち妬いて帰って来たくないんだよ」と。
愛猫の写真の額の代わりに 100均で買ってきた額(風景のコピーがはじめから入ってる)を5枚ほど買ってきて
交換してくれたそうです
長い年月の思い出と私の心を込めた愛猫の写真より 市販の100均のコピー風景
「死んだものなど忘れてしまえ」
そう聞こえてしまいました
そして これから死んでいく者への残酷な言葉
私は
死ぬのが怖いわけじゃなく 生きていた事さえ忘れられてしまう事が怖いと感じます
そこで生きていた証明は 人の心に残る
消え行く記憶を写真などで 思い返す
いつまでも忘れないよ、と。
「心に残ってるのだから 写真や物じゃなくたっていいじゃないか」
色あせず いつまでも過去の大切な記憶を
残せるほど人間の記憶は優れていない
私にとっては 退院して家に帰って 愛猫のその姿を再び見たい
いつも見ていたい
今飼っている猫も当然大事
けれど
亡くなったら 忘れて次の猫へ
なんて事は絶対出来ない
何匹亡くなったとしても それぞれに心を込めます
たしかに
亡くなったものへ いつまでも心を残すのは 旅立つものが心配して
この世から安心して旅立てない と聞いた事もあります
その思いも 今を生きる私が立ち直るためにも必要なこと
私がしあわせと感じて生活してきた期間
私がいない間に 額ととも全て外されてしまったようです
私の思いよりも 心よりも
他人の提言を認めたようです
ずっと暮らしてきた私もいつかはこうして忘れられていく事でしょう
亡くなった愛猫の写真すら飾らせてもらえないなんて
もう 退院したい気持ちすら 揺らいでしまう
電話の先で 私は声にならない叫びをあげました
怒りではない
深い深い悲しみ
それは 忘れられる者の最後の感情なんだよ