音楽の絶対構成要素はメロディーハーモニーリズムの三つだといわれる。そこに歌詞はない。なぜか。昨今のJ-POPでは愛だの恋だの寂しいだの強く生きるだのといったありきたりのことばが乱れ飛んでいるが、本当は不要なんではないか。MISHA果て無く続くストーリー、というひとことで聴衆の心を揺すりあげた。女の涙、口付け、ブルース、タバコの煙、残り香、ホテルの小部屋、たそがれ、横浜、ということばをつなげて阿久悠という作詞家「横浜たそがれ」という名曲を創りあげてしまった。これはいったいなんなんだ、と思ってしまう。



音楽はそれ自体がイメージ喚起力の強い芸術なので、歌詞というストーリーは不要なのではないかと思う。モチロン歌詞があったほうがいいのだろうが、聴衆に対してイメージを固定しすぎることにはならないか。ポリティカルな楽曲ならそれも必要だろうが、犬猫がさかってるわけではない。そんなに発表される楽曲すべてが色恋沙汰を取り上げたものでなくても良かろう、というのがオレの見解である。



そんなことをいいながら、かのベートーベンは最後の最後に歌詞付きの交響曲を創ってしまった。オレだってスタンダード演奏するときは歌詞は当然、それ楽曲が創られた時代背景だとかは、知っておいたほうが良いと思うのだが、歌詞を持たない楽器演奏者言葉より自分の音を選ぶのだ。