楽譜は第二外国語だと思う。そのココロは「出来るヒトには出来るが出来ないヒトにはまったく出来ない」だ。あたりまえだ。他にも共通点はある。義務教育の音楽の授業中、音符に「ソ」とか「ラ」とか音名を書いていたヒトもいらっしゃるだろう。同じように英語の教科書に「ハウアーユー」などとカタカナを振っていた方もいらっしゃるだろう。コレはまったく同じコトなのだ。そして結論からいっても両者とも未来永劫まったく身につかない。コレが第二外国語説の論旨だ。
フリからオチまで短すぎるが、それだけでは終わらない。外国語というからにはチャンと方言があるのだ。英語圏で生活する英国と米国はモチロン、それぞれの国内でもひどい違いがある。日本国内でも同じだ。沖縄の言葉をヤマトンチュは理解できない。沖縄県内でも年齢によっては通じないだろう。
では楽譜の場合はどうなのか。それがあるのだ。一般的な楽譜で


と音符が並んでいると、ヒトは「タ タン タ」と理解する。
ところがジャズ関係者は「ター タッタ」と理解するのだ(厳密な解説をすべてすっ飛ばしてます)。これではジャズ以外の音楽に精通しているヒトでも、ジャズ関係者とは会話できない。この記譜法を関係者は「シンコペーションを厳密に表現するための手段」などという。フツーの音楽教育を受けてこられた方には気の毒なのだ。ジャズ、特にスイングジャズやビッグバンドでチョロチョロ揉まれると、この記譜法は「まさにこれしかない!」という素晴らしい記譜法だとわかるが、慣れるまでは本当に大変だった。
このような現象は日本語と中国語の違いに似ているかもしれない。同じ漢字を使うからといっても、文章は伝わらない。ましてや発音にいたっては皆目判らないでショ。まあ、昨今ではデジタルの普及で記譜法も変わりつつあり、ジャズ的な記譜はしない方向のようだが、それも淋しいもんだ。