スポーツ選手のインタビューなどでよく聞かれるのが「全力を出しきりました」という言葉だ。感動的な瞬間だし、見ている側もその言葉を要求するような風潮がある。じゃあその全力ってなんなのだろう。マラソンで優勝した選手がウィニングランで場内を走ったりするのと、駅伝でタスキを渡し終えた選手がケロケロ嘔吐するのと、どこに差があるのだろう。
以前にも少し書いたが大きな力を持つものは小さな力をより上手にコントロールできる。音楽にも共通するのだが、でかい音で演奏できることだけがエラいのではない。音の大小、さらに他者とのバランス、全体的な楽曲の意図を理解した上での自分の役割を理解する能力など、モノスゴクたくさんの要素に左右されて始めてよい音楽が生まれる。吐くまで演奏したから「全力のよい演奏」ではないのだ。
この多様性を他者との関係性だけに限定すると「アンサンブル」という便利な言葉で表現される。音楽だけに限らず団体競技もそうだし、会社などの組織でもそうだ。チョット解釈は違うが、この言葉を役割分担と訳せばいいだろうか、いや共同作業のほうがイイかもしれない。そこで今回のタイトルにかえっていうと、自分勝手に全力の演奏をしていては、良いアンサンブルが生まれない、ということだ。
あまりにバカバカしい例えだが、カラオケで気持ちよく歌っている最中に勝手にハモッてこられるのは迷惑で、こういう奴はアンサンブルを乱しているということになるのかもしれない。また場の空気を読まず好きな歌をレンチャンするのも、そのグループのアンサンブルを乱しているということになるのだ。新年が始まり、社会が通常のサイクルになれば新年会などの機会もあるだろう。ご注意あれ。