またしても何も考えず書きだしてしまった。20日の行動や事件を思い出せない。だがそれはきっと、たいした事件がなかったからなのだろう。かろうじて思い出すのは、明日に備えて身の回りの品を片付け始めたことだ。そう、翌日は退院なのだ。外気温が10度を超えるくらいの寒さになっている。この病院に訪れた日は、セーターだと汗ばむくらいの陽気だったのに。10日ばかりの間にスッカリ季節まで変わってしまった。そしていろいろな事件があった。精神的なアップダウンも経験した。だが肝心の謎は解けていない! 本当にオレは死にかけていたのか、という問題だ。でも、それも大したことではないように感じられる。目を閉じればいつでも眠れてしまう。「イビキング」(ゴロがいいのでこちらの名前を採用)が寝かさないからだ。このベッドに長居するのは脳神経外科的に危険だ。睡眠障害を起こしている。退院したら膵炎のことをユックリ調べようと思う。他にも洗濯、掃除、郵便物やメールの整理、冷蔵庫の中身の整理、食料の買出し、金をめぐる関係各所への連絡および手続きに必要なものの準備など、考え出したらキリがない。なのに焦りがない。退院したら自分一人しかいないのに。でもユックリやればいいわ、と開き直っている。その原因も判っている。
病院時間だ。
このマッタリとした時間の流れがすべての病室内を包み込み、現実世界を遠ざけているのだ。48時間以上の寝たきり生活で、足はスッカリ弱ってしまった。体重は10キロ減った。顔が縮んでシワだらけになった。手の甲もシワシワだ。病院食を食べるようになって新陳代謝が始まったのか、手の指の皮がベロベロにめくれあがった。点滴のアザは相変わらず現代アートのように目を惹いている。こんな状態で外出はできない、ましてや人に会うなんてとんでもない、という有様なのに、マッタリしたまんまやったんよねー。
2回目の入院ということで、1回目と同じ轍は踏むまいと秘かに心に誓っていたことがある。退院時に余計なものをもらわない、ということだ。前回、退院前に病棟内を探検と称してウロウロしていたのだが、どうやらその過程でトンデモナイものをもらってしまったらしい。
水疱瘡(みずぼうそう)のウィルスだ!
まずはみんなに「お前は子供か!」とバカにされた。オレは幼少時に感染していなかったのだ。こやつの潜伏期間は10日から20日。発症する10日から20日前にオレは病院から脱走などしていない。近所の学校で水疱瘡がブームになっているという話もない。感染源は病院なのだ。肝臓を壊して入院して会社を休み、その10日後に水疱瘡で会社を休む、致し方ないとはいえ社会的にアホの烙印を押されてしまった。コレと同じコトを繰り返したりしたら、オレはもうダメだと思った。周囲の人間も思うだろう。そうならないためにオレは病院内でも手洗い、うがいを繰り返した。タバコを吸いに行っては、帰ってきてうがいをした。世間ではコレをマッチポンプというだろうが、精一杯のことをやっておるのだ。おかげさまで余計なものはもらわずに帰宅し、生活に戻れた。唯一頂いたのは喫煙スペースで拾った病院のボールペンが1本だけ。4色ペンがほしかったのだ。