オレが入院していた病院は、朝8時から朝食だった。食事が供される
患者は、自動的に8時に起こされる。絶食組は起こされない。その
日、11月17日のオレは6時に起こされた。6時といえばオレがようや
く眠りにつく時間で、その原因は当然ながら「イビキチャンピオン」にあ
る。彼が静かになるのが明け方5時以降で、オレが安眠できるのはそ
れ以降というわけだ。「ぐむぅ~」と寝ぼけながら考える、いったい何だ
ろう、と。病院には早朝炊き出しなどないので決して食事ではない。
採血だ。
だいたいオレはこの病室で、いつ寝ろというのだ。正統派イビキチャン
ピオンは、夜が更けるにしたがってそのパワーを発揮する。全うな時
間に眠ることは許されないのだ。さすがにすごいと思ったのは、とある
深夜、彼のイビキが突然止まったのだが、次の瞬間に彼は鎮痛剤を
飲み、直後にイビキが始まったことである。イビキは呼吸か? いや
はや驚いた。そんな芸当は生まれて初めてだった。で、そんなことは
さておき、寝起きを起こされたオレは採血のために穿刺され、ズタズ
タになった睡眠の断片を拾い集めていた。時間は過ぎ、フラフラと朝
の儀式を済ませる。ボンヤリしていると時の経つのは速く、病院の食
事時間になる。オレはソソクサと屋外にある喫煙スペースへいき、爽
やかな朝の光をニコチンで汚しにかかる。変わらぬ一日が始まるの
だが、オレには希望があった。過日ドクターから、この日の朝の採決
の結果がよければ食事を始める、ただし重湯から。というお達しが
あったのだ。病室で待つうちにチンチンつながり(オレがそう思ってい
るだけ)の女医さんがやってきて「結果は良好」と告げてくれた。オレ
にとって何日ぶりの食事だろう。人は都会でも飢餓に襲われるのだ。
午前中には通りかかる看護師さんや、お茶を供してくれる「昔のお嬢
さん」たちが「今日から食事でよかったね」と声をかけてくれる。どうや
ら医局内にオレの噂が広まったかとほくそ笑むが、100%そんなこと
はない。業務通達がシッカリしているだけなのだ。そして正午、昼食
時、昨日に購入した割り箸の出番だ。ベッドテーブルをセットして待つ
オレの前に出されたのは、大きなトレイに乗った大振りの茶碗、中に
は乳白色のにごり水。ノリの佃煮の小分けパックだけだった。割り箸
は不要だった。イッキに飲み干したオレは食事を終えた。1分弱。病
院食におかわりはない。トレイを下げ、テーブルを戻し、頭を抱えたが
重湯は重湯でしかない。人は都会にいても飢餓に襲われるのだ。
空腹は人を混乱させる。オレは昨日のことを思い出した。たしか友人
たちが来てくれて、バカ話にウツツを抜かし、楽しい時間を過ごした
のだが、その直後のことを報告していなかった。友人らが帰り、病室
に戻ったオレは、奇妙な声を耳にした。やや年配の女性らしき胴間声
だ。「よろしくね」という声も聞こえる。同じ病室の患者にもそんな見舞
い客はいない。不思議に思っていると、その声が白衣を着て現れた。
熟年を5回ほど経験したような看護師さんだった。思わずのけぞるオ
レにその看護師さんは「あんた今日からゴハン食べられるようになっ
たんやて、よかったな」といい、口がふさがらないオレの返事を待た
ずに消えた。オレはこの日の友人たちへのメールに「君らのバカさが
あまりにヒドイので看護師さんが地底人になってしまった」と書いて
いた。また彼女が点滴交換の担当でなくてよかった、と不謹慎にも
思ってしまった。都会でも田舎でも病院でも、トラップは必ずある。
今回はかなり時制が乱れている。ご勘弁を。退院してから時が過ぎ、
こまかな事件の発生順序を覚えていないのだ。 では、また。