上手く気持ちを切り替えられたこと、ベッドの位置が窓側で日当た

りが良く気分が良かったこと、看護師さんが皆さん聡明でカラカラと

よく笑う気持ちのいい女性たちだったこと、そして何より腹痛が治ま

り回復の兆しが如実に見え出したことなども含め、入院から3日間

オレが体験したことは、良いことも嫌なことも、どれも新鮮だった




例えば、

●着替えたいというと、看護師さんはアツアツの蒸しタオルを持って

やってきて、体を拭いて着替えを手伝ってくれたりする。俺は風呂に

入れる状態でないし入院しているのだから当たり前のことなのだろ

うが、足湯までやってくれるとは思わなかった。

●内臓疾患は劇的に回復するものではないので2、3日おきに検査

を受けて病状を確認する。オレの場合は朝6時の目覚まし採血だっ

た。寝起きの寝ぼけた状態で採血・・・・・。これは病院ならではの、

常にエポックメイキングでダイナミックな起こし方だといえる。もう

二度とごめんだ。

●入院時にオレが自分で書いた(強制的に書かされる)プロフィール

を見て「音楽家なんですね、スゴイですね」と話しかけてきた看護師

さんもいた。オレはプロフィールの職業欄に「ロックンローラー」と書い

ていた。彼女はオシッコ袋をぶらさげたままのオレを車椅子に乗せ

点滴台を2本転がし(1本はオレが持った)、病室から心電図を見る

部屋まで往復してくれた。そして大きなお世話な話なのだが、彼女

は父親がオレと同年代だと言った。

●前述の洗髪をしてくれた看護師さんたちは、すすぎの途中でオケ

の底を抜いてしまい病室を水浸しにした。彼女らは即効で院内に

めている清掃会社を呼び、どこかに消えた。オレが悪いのか。

●11日の夕方から、水かお茶の摂取が解禁になり11月12日から

はオシッコ袋がスグに満タンという有様で、看護師が尿を捨て来る

と、毎回「あら、いっぱい出てますねえ」といわれ、とてつもなく恥

かしい思いをした。絶食中で便通が無かったのが幸いである。


車椅子+オシッコ袋+点滴台2本でおれをCT撮影室まで運んでく

れた看護師さんがいた。オケの底を抜いた看護師さんである。


などとエピソードを挙げていけば枚挙に暇が無い。しかしオレは、環境

激変に伴い生活リズムを壊し、24時間のべつ幕なしにウツラウツラ

していた。いつでも寝ぼけ状態だった。だから許せたのかもしれない。

退院した今でも、いや入院する前でもボケているのは変わらないかも

しれない。体を壊すまでムチャをするのはそれが原因なのだろう。




12日の晩は兄夫婦が来てくれた。わざわざ事前にオレのマンション

によって着替えなどを取ってきてくれたのだ。二人とも仕事終わりだと

いうのに、本当にありがたいことである。ボケてるわけにはいかない。

頼んだものは携帯電話の充電プラグ、スリッパと水筒。文庫本2冊。

いしいしんじの「ポーの話」とロバート・B・パーカーの「背信」だ。現実

世界に生きる二人との会話によって、徐々に頭がハッキリしてくる。

容態の確認と今後の大まかなスケジュール調整を行う。病院側は具

体的な退院日を、例え目処でも目標でも決して口にしない。責任問題

になるからな。立場は判るが、この根性なしめと思ってしまう。オレは

の回りの世話をしてくれる看護師には気を許しても、入院のジャッジ

下したドクターには打ち解けていないのだろう。命を救ってくれた人

のかもしれないのに、本末転倒とはこのことだ。やはり相当ボケて

るのだろう・・・・・。