通院から入院という長い一日が終わって、翌11月11日。入院させら

たものは仕方が無い、と割り切って、それなら一日も早く退院して

ろうじゃないか、と考え実行した。つまり医師の指示には徹底して

従い、看護師には従順に振舞い、ココロ穏やかに過ごす。日ごろの

オレとは正反対だが、精神面肉体面ともに、一刻も早く回復してやろ

うと思ったのだ。二週間を切って退院してやると、決意したのだった。




それというのもオレの状態は、体から出ている3本の管が、体の向き

変えるだけで絡まってしまうパスタ状態で、そうなると点滴ポンプが

止まり、ピーピーピーピーと闇雲に異常を知らせ、その度に看護師を

呼んで可及的速やかにポンプをリセットしてもらわないといけないし、

自力で歩ことはモチロン不可能だし、着替えなどの日常行為もまっ

たく出来ない。余談だが点滴を両手にしたまま着替えが出来るのは、

たぶんMr.マリックかセロだけだ。当たり前だが袖が抜けんのだ。

は戻って、つまり自分じゃ何もできん寝たきり状態なのだ。看護師の

仕事は、そんな患者に適切な医療行為を施し、なおかつ患者が快適

な入院ライフを送れるよう気を配ることである。それなら患者も看護師

も気持ちよくコミュニケートできるようにしたいもんだ、と考えたのだ。




これは実行してみると非常に快適であるのが判った。自分自身がポ

ジティブな考え方になったし、周囲のオレへの待遇が親切モードへと

変わっていったのだ。例えば洗髪は、ベッドに仰向けに寝たまま美容

院状態で、看護師が二人がかりで必死になってやってくれたのだが、

クレームの多い患者は「胡桃沢さん(仮名)は自分で出来るでしょ」

どと、冷たく突っぱねられるということがあった。一人では背中も掻け

ないオレは、その光景に震撼した。そしてより過剰なサービスと快適

な入院ライフを求め、周囲に愛嬌を振りまくことを最優先としたのだ。





オレの日常にはない、そのような行動規範を実行することで、オレの

精神はズムズムと現実と夢の世界の境界に侵入していった。病院

での毎日が夢のように感じられ、入院前の世知辛い現実からのモラ

トリアムのように感じていたのだ。24時間ツラツラと、寝ては夢おき

てはうつつ幻の、的な世界に過ごし、身の回りの世話は看護師に

任せる生活は、真面目にコツコツと世間と渡り合っていくという当たり

前の考えを、徐々に消し去ろうとしていた。危険極まりないことだ。

社会復帰できなくなる。しかし腹痛が治まったオレは、この奇妙な

入院ライフが強制的に始まったことに、順応し始めていたのだろう。